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第三話『胸の痛み、そのわけ』


「ふ〜〜ぅ……。やっと終わったな」
げんなりした顔で誠也がため息をつく。
「ああ、校長の話長すぎ……。この暑いなか、よくあんなにぺらぺらと言葉が出てくるよ」

まわりを見渡しても教室に返っていく生徒全員がぐったりとしている。
暑さと校長の長話にあてられてしまったのだろう。
……俺もだけど。
まったく、途中で校長に殺意が湧いたぞ。

終業式の疲れと一緒に教室に帰ろうとした時、スッと俺の横を誰かが通り過ぎて行った。
女の子だったような……気持ちが別の方向に向いていたため誰だったか分からない。

そんなとき、

「じゃあ俺はお前達の何だ?」

先の廊下から強い声が聞こえてきた。
決して大声ではなかったが、怒りのこもった言葉は俺の耳に届くには十分だった。


その方向に目を向けると三人組みが何か揉めているようだった。
声を荒げていたのは……鳴海だ。
その正面に平と速瀬さんがいた。速瀬さんも頭に血が上っている感じだ。そんな二人をうまく制止させている平。
何を話しているかは聞こえない。
そんな三人を見ていたとき、

不意に俺と誠也と友恵に重なってしまった。少し真剣にケンカしてたときの俺達に……
それに気付いた時、言いようのない孤独感が俺を襲った。


「健介。どうした?」
一緒にいた誠也が心配そうに俺を見てくる。

「なっ、なんでもない……」
自分の感情を隠す為、顔をかがめて教室に入った。
その後、あの三人がどうなったかは分からない。というかどうでもいい……。


成績の各自への返却も終り、これで本当に明日から夏休みが始まる。
担任が教室を出て行くと教室中が夏休みの話題で持ちきりになっていた。
まあ、受験生なので講習などの話がメインだが。


そんな流れに乗れない自分。
……理由はわかっている。

「おい!健介。これからゲーセンでもどうよ?今日こそはお前に……」
誠也がさっきからの俺を心配して遊びに誘ってくれる。
周りには誠也がいつもつるんでいるクラスメイトの男子も一緒だ。

でも………

「わりい。俺、パス」
「えっ!?なんで?」
「行かなくちゃならない所、あるから……」
「何処?」
「欅町。」
その地名を聞いて急速に誠也の顔色が変わった。
まあ…な…
知っているのは誠也だけだから。
「お前、まだ通うのか?」
「ああ。」
「あれから……二年だぞ。」
「でも行かなくちゃ……」
「……」

俺のその言葉に誠也は口をつぐみ、もうなにも言わなかった。
すまん。誠也。
……ありがとう。
俺は早々と帰り支度を済ませ、教室を出た。
校門前の坂のところで鳴海を待つ涼宮さんを見かけたが今はどうでもよかった……
その顔は嬉しそうで、不安げで、よく分からない表情だった。

でも、居間の俺には本当にどうでもいい事。




学園を出たのが昼過ぎ、今はすでに二時。
一番暑い時間だ。
普通はこんなに時間はかからないのだが、足が重く、いつもよりかなりゆっくり歩いている。

なんだか自分の内側がシンと静まっているようで、グチャグチャに乱れているような……よく分からない。

俺は欅町の駅の改札を出ると真っ直ぐに目的地を目指した。
真っ直ぐといっても途中、一店だけ店に寄る。


歩くこと数分。
暑さはテッペン。
ここら辺は走っている電車の中からも見ることの出来る海岸沿い。
すぐ近くに病院があり、ここも病院の敷地のすぐ傍だから馬鹿騒ぎに来るような奴はいない。
俺はここがあの学園裏の丘の次に好きで、一番苦手な所。


病院からずっと真っ直ぐ海岸沿いの道を歩いてくると、いきなり雰囲気が変わる。
綺麗に切断され、上手に積み上げられた石の積み木がたくさん見えてくる。
その石たちは整えて置かれていて実際のもの以上に無機質さを感じさせる。

欅霊園。
この場所の名前。
並べられている石は墓石。綺麗に整備されていて公園らしくしているがその本質は変わることはない。

俺はその敷地内に歩を進め、あるひとつの墓石の前で立ち止まる。
その石にはここに眠る人間の名前が刻まれている。
何度もその文字を読み返す。
もしかしたら、文字が消えて、もともとここには何もなかったことにならないかと考えた事は何度もあった。
しかしそれを続けるほど、この文字が真実なのだと俺に突き付けてくるだけ。


『比奈本 友恵 ノ 墓』


機械で刻まれたであろう文字がそこにあった。
墓の前に屈み、手を合わせる。
そんな行為が俺と友恵の間にある事に少しの悲しみを感じる…

どれくらいの時間が経ったのだろうか?
俺はいつのまにか墓の後ろに見える海岸を眺めていた。

「………」

ここは変わらない。
友恵だったものの一部がここに納められてからなにも……
いや……
俺には分からないが少しずつは変わっているのだろう。
そのことに気付く為には俺自身が変わらなければいけない……

でも、俺は変わりたくない。
変わる事を恐れている。
自分の中の何かが変わる事で友恵のことを忘れてしまいそうだから。

そんな事になったら俺は………

「ふぅ……」

辺りはとても静かで、ため息でさえ波の音と同じ位大きく聞こえる。
本当は色々、伝えたかったこともあったのだが墓前に着いたら全て忘れてしまった。
来る途中で買った花を墓前に生け、帰ろうとした時。

「健介君?」

不意に誰かに名前を呼ばれる。
声の方向を見ると三十後半の女性が立っていた。

友恵の………母さんだ。
友恵がいた頃はいつものように会っていて、母親のいなかった俺を本当の母親のように心配してくれていた。
今では……それが嘘のように付き合いがなくなっている。


おばさんは俺にゆっくりと近づいてくる。
最後に会った時より年をとっているように感じる。

「お久しぶりです」
以前はただ笑って会えたのに、なんとも他人行儀になったものだ。


「大きくなったわね……」
そういっておばさんは柔らかく笑った。
その顔が友恵の顔とダブる。
おばさんの顔を直視できず、俯く。

「あれから……二年ね」
おばさんが墓前で手を合わせたあと、口を開いた。
その言葉は俺に言ったのか、自分に言ったのか、それとも……友恵に言ったのか分からない。


「……おばさんは今どうしているんですか?」
友恵がいなくなってすぐに、おばさんは住んでいた場所を変えた。
辛かったのだろう。友恵と過ごした所にいればいや応無しに友恵を思い出す。

「今は実家に帰って今までどうり仕事を続けているの。ここにも一週間に一回は来ているわ。……健介君は?」
「俺は……、高校に通って特別変わった事もなく毎日を過ごしてます。ここには暇を見つけて来てます……」

そのまま無言の時間が続く。
おばさんは墓を見つめたままだ。
まるで友恵と心で会話をしているように……

どれだけの時間が経っただろうか。
おばさんがゆっくりと腰を上げ、俺のほうを見てくる。

「お花、ありがとうね」
「いえ……」

「健介君……」
「はい」
目を通して全てを知られそうだった。
それがたまらなく怖かった。

「………何でもないわ……。ただ……最後にあった時より元気になっていて良かったわ。友恵も喜んでいるわよ……きっと……」
「!!?」

おばさんの言葉が頭に響いた。
その言葉が自分では気付かない、気付く事の出来ない二年間の変化を肯定していた。


「それじゃあ……、私は帰るわね……。健介君は?」
「……もう少し……ここにいます」
「そう、あまり遅くならないようにね」

本当はさっき帰ろうと思っていたのに……
なにを言っているのだか……俺は……
幼い頃、友恵と遊びに行く時にも聞いたおばさんの言葉がむかしとはまったく違う言葉に聞こえたことに寂しさを感じた。
おばさんは俺の横を通って姿を消した。

…………
「ふうっ……」
おばさんの姿が見えなくなると背中に嫌な汗を掻いていることに気付いた。
その場に腰をおろす。
地面が固く熱い石畳であったが気にしない。
そのままの姿勢で空を見上げる。
日が傾き始めていた。

「……俺、変わったのかな……」

その自問に答えはでなかった。




あとがき  まいどどうも・・・子泣き丸です。まあ、今回の話はあまり
ここでは語らないほうがいいような気が・・・
とりあえず、今回の墓参りの話は主人公健介の原点があるものです。あま
りおもしろくは無いかと思いますが、これからの健介の行動原理が少しで
も呼んでいる人にわかればいいと思います。
                     (2005/9/7 子泣き丸)

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