第四話『出会い』

  8月9日

あ〜、くそ〜〜〜。
なんだって俺は夏休みだってのにこんな所にいるんだ。
こんなところとは欅町にある室内水泳場。
今日はここで水泳の大会がある。

「まったく……誠也の奴……。」

俺がここにいるのも全て誠也のせいである。

電話に出てすぐ、
『お前、九日暇?』
「んっ、誠也か。なんだよいきなり?」
知り合いといえど最初に名を名乗れ!
間違い電話も最近多いのだぞ。
そのうち名前を名乗らず、『俺、俺……』とか言って心優しい老人をだまくらかして金を巻き上げる……なんて犯罪が多発しそうだ。
「で、どうなんだ?」
「あのな!これでも受験生だぞ!勉……。」
「そうか暇か!じゃあ九日の朝、欅総合体育館の室内プールに来てくれ。」
「あっ、おい!!」

ブツッ!!

……切りやがったよ。


そんな強引な約束、守らなくてもいいのに俺も人がいいな。
ここに着た時、誠也が入り口に立っていてここで水泳の大会がありその手伝いがあり、その間大会でも見ていろと言う。
本当の用事はその後らしい。
……その時間に合わせて会えばいいのでは?

そんなわけでここにいる。
今しがた予選の全てが終わった。

予選を見ていたとき、その中に速瀬さんがいるのに気がついた。
やはり知り合いがいるといないのでは観戦の真剣さも段違いだ。
彼女は他を物ともせずブッちぎりで予選を通過し、俺はこれが実業団からお呼びがかかる泳ぎなのかと真剣に感心してしまった。
一応、誠也の奴が水泳部だったので腐れ縁として何度か大会を見に来たことがあったがそのころでもあまり他の奴のことなんて気にして見てなかったからなぁ。
速瀬さんもただ『泳ぎが速くて凄い奴』という認識しかなかった。
ここ最近の成り行きで彼女にも目がいくことになった結果であろう。
なにより凄かったのは彼女の人気だ。
俺の周りの席はほとんどカメラを持った奴らで埋っている。
構えるカメラは速瀬さんが出てくるなりシャッター音とフラッシュの雨を生み出す。
彼女のおかげで温室プールが出来るのも納得がいく。
まあ、それが分かっただけでもここに来た価値があるな。

『これより、女子自由形決勝戦を行います……』

辺りがザワつきだす。

「あー、間に合った!!」
んっ!?
「よいしょっと!!」ドン!!!

のわっ!?でけースポーツバックだな。
本当にたまたま空いていた俺の隣に座ってきた女の子。
チミッこい奴だな。中学生か?
「きゃー!!がんばれー水月せんぱーい!!」

えっ!?
速瀬さんが手を挙げてアナウンスに答えている。
パチパチパチ……
周りはこの試合への期待と興奮で拍手の嵐を生み出している。
フラッシュ光とシャッター音のレベルも増す。
「パチパチパチ」
一応拍手しておく。知り合い?だし……。

やはり決勝戦。
強そうなやつがわんさかいるな。
誠也の奴はだいたい予選で終わってしまう為、俺は決勝まで見たことがない。
コースに立っている全員が誠也よりも速そうだ。というか速いのだろう。

しっかし、速瀬さんは同姓からも好意を持たれているのか?
隣で一生懸命応援している女の子を横目で見てみる。
まさか……百合?
いやいやいや……バカか?なんでいつもそんな方向に持っていくかな、俺。
欲求不満?
そうやって自問自答を繰り返していると……
「あの〜……」
「のわっ!なっなに?」
まさか俺、顔にでてた?
めっちゃはずいぞ。

女の子は不審そうに俺を見てくる。
「水月先輩のこと応援してるんですか?」
「えっ!?……ああ……まあ、そうだけど……」
速瀬さんのときだけ拍手してたのに気付いてたのか。

「まさか、写真を撮りに来たとか?」
「いや、違うよっていうかカメラ持ってないし…」
胸の前で無いカメラのジェスチャーをしてみる。
「あ、そうですか。最近多いんですよね。応援せずに写真目当ての人達が……」

なんでそんな事大きな声で言っちゃってんのこの子は?
後ろのカメラの音が止まったの、気のせい……だよな?

「なのね…。俺、速瀬さんのクラスメイト。友達に誘われてここに来たんだよ」
『強引に』を心の中で付け足しておく。
「ふ〜ん、じゃあ、一緒に応援しましょう」
「えっ?」
「ほらほら、始まっちゃいますよ」
強引だな……この娘……。
似たような経験、昔あったような……?

プールの方を見るとすでに選手達はスタート位置に付いている。

『ヨーイ………』

この瞬間だけ全ての音が止まる。
今までと同じ場所とは思えない程、場の雰囲気が変わっている事に気付いた。
見ているほうもなんだか緊張するな。

ピッッ!!!!
ザバン!!
ワヮヮワッわアワわゎヮワわわワアワア嗚呼!!!!

一斉に選手達がプールの中に姿を消す。
場内も身体が振動するほど大きな音が上がる。

「がんばれーー!!がんばれーーー!!水月先輩〜〜!!!」

隣でも大声で応援する女の子。
凄いね。のど痛めそう……

「ほら、先輩も応援してくださいよ」
「んっ?ああ……。がんばれぇ〜〜」
まあ知り合い?程度の俺はこんなもんでいいだろう。
「そんなんじゃ聞こえないですよ。もっと大きな声で。水月先輩がんばれー!!」
そう言ってさらに大きな声で応援する女の子。
っていうか聞こえるのか?

いつのまにか選手達はターンを終えている。
まわりのテンションも最高潮だ。
「えっ!?」
さっきまで一生懸命に応援していた女の子が驚いた顔でレースを見つめている。
「どうした?」
「追い上げが…甘い……」

俺も速瀬さんが泳いでいる姿を注意深く見る。

たしか誠也が言っていたような……
速瀬さんの泳ぎは最後の追い上げが凄いと……
速瀬さんはトップとほんの数センチの差で追っている側だ。
もう少し速く腕を回せば追い抜ける。きっといつもの速瀬さんならすぐにでも追いぬけると女の子は言いたいのだろう。
その追い上げが甘い、という事は勝利する事はかなり厳しいということだ。
いつの間にか俺も声をあげて応援していた。
「いけ〜〜!!もう少しだ!!」
しかし……
……………
「あ……」
女の子の弱い声が漏れる。
速瀬さんは追いぬけず、同じ位置で追いかけていた奴にも指先の差で負け三位だった。
「しょうがないね……。まあ、勝負は時の運って言うし……」
女の子の落胆ぶりになんとか言葉を見つけ話しかけるが、女の子はまったく聞こえていないようだ。
相当ショックだったんだな……

「アカネ〜〜。先生もう行くって言ってるよ〜〜」

声のするほうを向くと女の子と同じ制服を着ている子が呼んでいる。
アカネってのはこの子の名前だな。

アカネと呼ばれたこの娘は足元に置いてあったスポーツバックを持ち上げ、友達が呼ぶ方へ弱い足取りで向っていく。
来た時は軽々持っていたように見えたバックがやけに重そうだ。
俺はそんな彼女の姿にどうしてやる事も出来ず、
「元気出せよ」
なんて言ったところでどうしようもない言葉をかけることしか出来なかった。
その言葉に一度足を止めるアカネちゃんだったが、振り向かずそのまま仲間の方へ行ってしまった。



俺は出口の近くの柱に寄りかかりすでに長針が半周している。
今ごろ表彰式とかしているのだろうが、そんなの見ていてもなにも面白くないので出てきてしまったのだ。
しかし………、
失敗したかも……暑い……

「おう、待たせたな」
誠也が大会の雑務を終えて俺の所にやってきた。
涼しい室内から出てきたばかりの誠也が汗もかいていないことに少しばかり恨めしい気持ちが募る。
「で、何の用なんだ?あんなに強引に呼び出しておいて……水泳の大会見せる為じゃないだろう」
「水泳見せる為!!」キッパリ!!
言い切っちまったよ…。この人は……
「冗談も程ほどにしておかなと、俺の拳がお前の血で真っ赤になるぞ」
「あ〜待て待て、たしかにちゃんと用事はあるんだ。でも水泳の大会を見せたのもそのひとつなんだ」
??どう言う事だ。
「お前は夏休みになるとあの頃のこと思い出して鬱になるからな。気分転換にでもと思ってな」
そう言う誠也の顔は俺を本当に心配してくれている時の顔だ。
その顔は以前、いやというほど見せられていたので見間違えるわけがない。
「……まあな………」
確かに今年もなんとなく沈んでたかも……
素直に礼を言うのが恥ずかしいので誤魔化して答えておく。
俺の答えに軽い笑いで頷く誠也。
分かってくれたって事か?
コイツとの付き合いが長いことがよく分かる場面だな……

誠也は海の方に行こうと言ってきた。
その言葉で誠也が何処に行きたいか分かった。
そんな中、二人で歩いていると、速瀬さんの姿が俺の目に入ってきた。
どうやらこのまま家路につくらしい。
優勝とかなら話しかける事も出来るのだが、アカネちゃんの落ち込み様も見ているしな。

んっ!?
速瀬さんのところに男がやってきたぞ!
あっ!!
一緒に歩き出した!!

「あいつ、他校の水泳部の奴だな」

誠也も俺の視線の先に気付いて口を出してきた。

「速瀬の付き合っているって噂。本当だったんだな」
「えっ!?そうなのか?」
「まあな。たまたま一緒って事もあるかもしれないが、男の方もなかなかのルックスだからな」
「へぇ……」
鳴海達知ってるのだろうか?
彼女の事を良く知らないの俺が言うのもなんだが速瀬さんの笑顔…仮面のようにぎこちない。
鳴海達といる時の方が自然に笑っている。
そのまま二人は駅の方向に姿を消した。
まあ…いいか。俺が口出すことじゃないし……


三十分後。
俺と誠也は友恵の墓の前にいた。
俺の目の前で誠也が墓に向って手を合わせている。

「お前、夏休みになってからここにどれくらい来た?」

「……五回…いや六回ぐらいか……」
気が付くとここに足を運んでいる。
きっと今日も誠也に誘われなくても来ていただろう。

「なにしてるんだ?」
「別に……」

そう…なにもしていない。
墓石の横に腰をおろして何時間も空を見ていたこともあったな。

「まだ、吹っ切れないのか?」
「分からない……」
誠也がこちらに顔を向ける。
その顔にはあきらかに苛立ちと怒りが表われていた。
「お前!!あれから二年経ったんだぞ。前ほどじゃないにせよ夏休みになるたびにそうなってたらどうにもならないだろ。今年は受験もあるんだ。」
「分かってる……」
「分かってねーよ。現にお前、ここに来た途端、昔の表情に戻ってるじゃないか。」
「分かってるよ!!!!」

シン……
風の音、蝉の声だけが俺達の間を抜けていく。
しまった……いつのまにか大声になってたな。
誠也も俺の突然の大声に少し怯んだようだ。
気まずい空気。
「すまん……」
思わず謝ってしまう。
「……いや、俺のほうこそ頭ごなしに言って悪かった」
誠也の方もすまなさそうな顔をしていた。
そのままの状況に俺達はいずらくなって近くのベンチに腰をおろして途中で買った缶ジュースに口を付けていた。
「「……」」
お互いに頭に昇った血はすっかり落ちたようだ。

「本当に分かってるんだ……」

いつのまにか口が開いていた。
誠也は缶に視線を落としたまま俺の言葉を聞いている。
「この間、友恵のお母さんに久しぶりに会った」
誠也の身体が少し震えた。
コイツも会ってなかったんだな。
かまわず話を続ける。
「おばさんに言われた。『前に会った時より元気になってる』って……。ははっ…自分でもわからないけど俺、やっぱり少しづつ変わってきているのかもしれない……」
言葉の間に出た笑いは自嘲だ。
「だろうな」
誠也が簡単に答える。
そこには俺でも分からないような俺の変化に気付いている誠也の本心だろう。
「ここに来ても大分落ち着いてくるようになった。でも……やっぱり考えちまうんだ。友恵の事……。あの時の事……。いつかはキッチリけじめつけなきゃいけないのは分かる。だけど……」
………
時間が凄く長く感じた。
「……ふう………分かったよ」
誠也が立ち上がり空缶をくずかごにほおリ投げた。


「ただヘタレてるだけならぶん殴ってやろうかとも思ったけど止めた」
「誠也……」
「お前が色々考えているのが分かったからいいよ。確かにあの事は簡単に忘れられるものじゃないからな……。俺も…そうだ。時間を掛けて……ゆっくりやれよ。なにかあったら俺も相談に乗るから」
「………ああ」
誠也は少し遠くになった友恵の墓を見ている。
誠也も辛かったからな。でも、こいつはしっかりと立ち直って前を見て歩いている。
すげーよ。俺は考えているだけでまだ前を見ていない。
「でもあんまり考え込んでるなよ。友恵がいたら確実にぶん殴られるぞ。『いつまでうじうじしてるの!!』ってな」
誠也がそう言って笑う。
その顔に俺も気付かない内に表情が崩れていた。
「そうだな」
確かにあいつならそうするかも。

「じゃあ帰るか」
「ああ」
どちらからとも無く言葉をだす。
「ゲーセン寄っていくか」
「そうだな。新作のバルジャーノンで対戦だな」
「おうよ!!望むところだ」
二人ともいつもの調子に戻っていた。
こうやって本気で言い合ったり、バカやってりできるこいつと一緒にいる。
友恵がいないこれからもこの関係は変わらないだろう。
口に出すのは恥ずかしいが、これが俺達の関係。腐れ縁、親友なんだ。
そして二年前まで俺達の間にあった温もりもそのひとつ。
きっと…そういうこと……





あとがき  今回やっと茜登場!!水泳大会のシーンは君望SFDのシーンを
パクらせてもらいました。なので文章的にも他より分かりやすくまとまって
いると思います。それと健介の唯一の友人誠也の思いやりも今回は書かれて
います。白陵柊のなかで友恵の死を知る人物(実際はもう一人いるのですが
ここでは省略)彼も健介ほどではないにしろ友恵の死を重く受け止めていて
健介の苦悩?を理解できていると思います。誠也は孝之や慎二、水月とも
交流をもっていて、この物語における原作の君望とのパイプラインとも言え
ます。これからも健介のストッパーとして活躍してくれることを期待!です
                    (2005/9/8 子泣き丸)

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