第八話『木枯らしの吹く頃の出来事……』

  1999年2月某日

外には木枯らしが吹いている。
しかし締めきられた窓から差し込むやわらかな日の光のおかげで机はほのかに温かく睡眠を貪るにはうってつけだ。

ぼー……

あの日以来、いつのまにか涼宮さんや茜ちゃんのことを考えている俺が居る。

最初の訪問の後、なんどか病院に足を運んだが結局面会させてもらえず、茜ちゃんに会う事も出来なかった。

……あほだな……そろそろ忘れて他の事考えろよ俺。
もう高校生活も終わりなんだぞ。
そう言ってくるもう一人の俺。

その日、
久しぶりに鳴海が学校へ来ていた。
アイツは事故以来、魂が抜けたように表情を無くした。
何もしない、考えない人形のようだった。
最初の頃は誠也や他のクラスメートも励まそうとしていたが、なんの反応も示さない鳴海に誰もかまわなくなってきて今では、平、そして速瀬さんだけがあいつの側にいる。
あの二人はどうやら詳しい事情を知っているらしい。
涼宮さんとも仲が良かったし……

ズキ!!
最近頻繁に訪れるこの胸の黒い痛み。
別に病気とかではないのだが、この痛みは少なからず俺を不快にさせる。

昼休み。
皆が机を囲んで飯を食ったり、学食に行ったりしている。
俺も購買で食料を入手して誠也と一緒に教室の端で昼食を取っていた。

「高校卒業だな」
唐突に切り出してくる誠也。
「なんだよ。いきなり」
「いやさ。こうして思い出してみると三年間色々あったなぁと思って……」
誠也はそのまま遠くの方にいってしまった。
「まあ…な」
色々無かったと言えば嘘になる。
いい事も悪い事も同じ位あったはずだ。
その筈だけど、俺の記憶の中にそれは白い靄がかかった程度にしか思い出せない。

教室内も卒業ムード一色だ。
そんな中……

「そう言えばさ、なんだっけ?あいつ。ほらほら、夏休みの終り事故ったやつ」
「ああ。涼宮だろ。可哀相だったよな」
んっ!?
「まあな。でもあんな見晴らしのいい所で車がきたの気付けなかったのかな。相当、鈍臭かったんだな」
「かもな」
「「ハハハハハハ……」」


「……」
「ちっ……せっかくいい感じで卒業ムードに浸ってたのに」
誠也が話の方向を見て顔をしかめている。
まったくだ。
飯が不味くなる。
心無い奴等の無責任な会話。
本当なら一発でも殴って気分を晴らしたいところだが、面倒も起こしたくない。
こういうのはさっさと寝て忘れるのが一番だ。
誠也を横目に身体を机に押しつけた。


……………………
「な!?何だよ!?」
………
「……お前等に何がわかるんだ」

ん!?

ガタンッ!!
椅子が倒れる音。

「あっ、孝之!!」
「おい!孝之!」
速瀬さんと平の呼び止めるような声。

……バン!!
何かが押し倒された音。

「きゃあああああああ……」
女子が絹を裂くような悲鳴を上げた。
その声に思わず飛び起きる。

そこには……先ほど畜生なほどくだらない話をしていた奴らの一人が鳴海に押し倒され馬乗りの姿勢で今にも殴られそうな形になっている。

「なんなんだよ!?お前!!」
突然の事に押し倒された方は気が動転しているようだ。
鳴海の方は顔を真っ赤にしていて他人目にも理性が働いていないのが分かる。
「お前に……お前等なんかに……」

ドクン……
今までにないほどの胸の痛みと不快感。
それは鳴海が叫ぶごとに強く胸にのしかかってきて自分自身で押さえきれなくなってきている。
くそ!?静まれ!!
胸に痛いほど強く拳を押し付け外部的な痛みで耐えようとする。
「!?健介?」
俺の異変に気付いた誠也が声をかけてくれるが自分に耐えるのに必死で答えることが出来ない。

「お前に!!」
ダメだ!!それ以上言うな!!言わないでくれ!!!


「………遙の何がわかるんだ!!!!!」
なにか黒いものが俺に覆い被さり、俺の全てを支配する。
プツン……
俺の中で何かが切れた……

「え!?おい!!健介!!」
誠也が呼ぶ声がするがよく聞こえない。
何人かの叫ぶ声もあったが……知らない。
俺はいつのまにか立ち上がり、そして喧騒の中心に飛び込み……

ガツッッッッ!!!!!

骨と骨がぶつかる音。
一瞬だった。
俺の右手に電気が走るような痛み。
そこで意識がハッキリした。
目の前には頬を赤くした鳴海が木偶人形のように倒れている。
その状況が全てを語っていた。
俺はコイツを殴ったんだ。

「「孝之!!」」
先ほどまで鳴海を止めていた速瀬と平が鳴海に駆け寄る。

「健介!!」
誠也が近くによって来て、後ろから俺を押さえつけようとする。
それでも俺の中にはまだ大きく黒いものが渦巻いている。

「わからねえよ……」
「「「えっ?」」」

まわりの全員、誠也も速瀬も平も全ての目線が俺に集中していた。
関係ない……
自分の中にあった不快感全てを外に吐き出したかった。
考えなしに口から沢山の言葉が出てくる。
もうどうにでもなれって感じだった。

「誰が何考えてどんな風にやってるかなんて分かるわけもねえし、分かりたくもねーよ!!てめえの勝手な感情、人に押し付けてんじゃねえ!!!!!」

全員が息を呑んで俺を見ているのがわかった。

「他人の気持ちなんて分かるわけねーよ!!それともお前は自分の悲しみを人にわかってもらいたいのかよ!?『自分だけが悲しいです〜、不幸です〜』ってな感じで!!ふざけんなよ!!!」

止まらない。というか自分で何を言ってるかすら分からない。

「お前一人が辛い思いしてると思ってるんじゃねえ!!!!!」
「おい健介!!やめろ!!」
自分が今何をしようとしていたか気付いた。
身体を何かに押さえつけられていた。
どうやら俺は倒れた鳴海に再び殴りかかろうとしていたらしい。

すっ……

鳴海がゆっくりと起きあがる。
そして平が呼ぶ声にも耳を貸さず、幽霊のように教室から出て行ってしまった。
「「孝之!!」」
ふたりも鳴海を追いかけて教室から姿を消した。

まわりに居た野次馬もゆっくりと姿を消した。

「健介……」
「………すまん」
身体がスッと冷めていくのが分かった。

残ったのは僅かの苛立ちと右手走る鈍い痛みだけだった。


その後、とうとう鳴海は帰ってこなくて速瀬さんと平がうな垂れた表情で教室に帰ってきた。
何事もなく午後の授業は行われた。
教師の耳に入らなかったのが不幸中の幸い……でも…
誰もかかわりたく無いのか授業中、ちらちらとこちらの様子をうかがってくるが何も言ってこない。
みんななかった事にしようとしているんだ。
それはそれで別にいい。それが普通の反応だ。
……でも………
その行動は落ち着きを取り戻しかけた俺の精神を再び苛立たせた。
「!!?」
一瞬、速瀬さんと目が合った気がした。
その目には憎悪に近い感情が含まれていたようだった。

キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン
HRが終わるなりすぐさま教室を出た。
今はあの空間に居るだけで心が掻き毟られる。
色々と心配してくれていた誠也も俺の気を察しているのか昼休み以降、話しかけてこなかった。
俺にとってもそのほうが良い。
何かあれば誠也に当ってしまいそうだったから……

ちょうど靴を履き替えている時、
「ちょっと、村上君!!」
突然呼びとめられた。
無視してもよかったけど、声に込められた意志がそうさせてくれない。
「なんだよ……」
不快感を込めた声で振り向くと、
今にも殴りかかってきそうな雰囲気の速瀬さんと平が俺の前に立っていた。
速瀬さんを制止しながら平が冷静を装った声で
「ちょっと付き合ってくれるか?」
…………
黙って頷いた。

以前一緒に帰ったとき交わした会話が嘘のような張り詰めた雰囲気だった。
俺達三人は校舎裏の丘に向っていた。
その間、誰一人口を開かず、重苦しい。

丘に着いた。
日は傾き、辺りに冬の冷たい空気が風になって三人に吹きつける。
こんな事の為にこの場所を使いたくなかったな……
最初に口を開いたのは速瀬さんだった。

「……どうしてあんな事したのよ!!」

思いっきり感情を押し込めた声だった。
『あんな事』それを指すものはひとつしかなかった。

「………」
「孝之がせっかくに学校に来たのに……」
「………」
「なんとか言いなさいよ!!」
「……」
「村上……なんとか言ってくれ……」

速瀬さんが俺の胸倉を掴む。
平が止めようとするが彼女は聞かない。

「なにか理由があったんだろ?教えてくれないか」
「………」
「おい!!」
最初こそ落ち着いた口調で話していた平であったが、俺の沈黙に苛立ちが見え始めていた。

「なんとか言いなさいよ!!!」

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………イライラする。
素直にそう思ってしまった。
そうなると言葉を素直に出てしまうわけで……

「別に……ただムカついたから……」
「ッッ!!」

パン!!!

気付いた時には頬に痛みが走っていた。
思いっきり平手食らっちまったな。
速瀬さんが目に涙を溜めてこちらを睨んでくる。
俺を殺してやりたいといった感じの表情だ。

「あんたに孝之や私達の何がわかるって言うのよ?」

………
…………………
「分かる」
「「えっ!?」」
「大切な人を失った気持ち…は……お前達以上に分かるつもりだ」
おどろいた二人にかまわず言葉が続く。

「だからこそ許せなかった。鳴海やあんた達。やってる事……間違ってると思う。お互いの気持ち隠して、傷舐め合って……。そんなんじゃ何も進まない。何も変わらない。」
「「………」」
「ただ……殴った事は悪かった。謝る……。悪かった……」

その後、ふたりは何も言わなかった。
俺はふたりの方を見ず、その場を立ち去った。
ただ……夕日に照らされた速瀬さんの指がトワイライトに輝いていた事が俺の頭に焼き付いていた。

……何言ってるんだろ俺。
俺だってあいつ等に言えた義理じゃねえな。
自分でも分かっていた。
何故、鳴海にキレたか……。
今のあいつは二年前の俺と同じなんだ……。だから……。
そんな重なる感じが嫌だったのかもしれない。見たくなかったのだ。


帰り道、気分転換ついでに立ち寄った商店街で制服姿の茜ちゃんと出会ってしまった。

「「あっ!!」」

茜ちゃんの姿を見た途端、急に罪悪感に襲われた。
そう思わせるのは病院での一件のせいだ。
やっぱり、ああいう行動はよくなかったな……覗き見なんて……。
「村上先輩も買い物ですか?」
病院でのことなど知らない茜ちゃんが今までと交わした会話となんら変わらない弾んだ口調で話しかけてくる。
「え、ん……うん」
茜ちゃんにとって村上健介はお姉さんや鳴海、速瀬さん、病院とは無関係なところでの関係性なのだ。
なら……俺もそれに合わせなければ………

「先輩もよくこの商店街来るんですか?」
「うん。こまめにスーパー来ないと食料なくなって餓死しちゃうし……」
「え?先輩って一人暮らしなんですか?」
「まあね。だから自炊は欠かせないよ。コンビニ弁当は高いしね」
「一人暮らしって事はお兄ちゃんと……あっ………」
そこで急に茜ちゃんの表情が曇る。
(お兄ちゃん……か)
それが鳴海を指していることだとすぐに分かった。

茜ちゃんはすぐに表情を元に戻して、
「なんか夏休み以来結構会いますよね。もしかしたら先輩と私、知らないところで擦れ違っていたかもしれませんね」
………無理をしている。
そんな茜ちゃんの頑張り、健気さを目の当りにして俺の薄っぺらい嘘なんて隠し通せない。
言っちゃいけない。言っちゃいけない。頭では分かっているのに……
「あの……茜ちゃん……」
「なんですか?」
なんでもない表情でこちらを向く茜ちゃん。
「ゴメン」
言葉と一緒に頭を下げる。
「えっ!?どうしたんですか?先輩、頭上げてください」
茜ちゃんの言葉を無視して頭を下げ続ける。
「ゴメン、俺……見ちゃったんだ」
「えっ!?」
「病院で……」
その瞬間、茜ちゃんが息を呑んだのが分かった。
「盗み見るつもりじゃなかったんだ。ただ、俺は涼宮さんの見舞いに行くつもりだった。だけど……そこで………」
後半はほとんど言い訳。
もう以前のような関係には戻れない。それでも少しでも……そう思って……
「「………」」

無言の時間が痛い。
でもそれは俺のせい。
不意に俺の前にあった存在感が消えた。
何も言わず茜ちゃんが俺に背を向け走り去って行った。
嫌われたか?
当たり前か………
茜ちゃんの方向に伸ばしていた手が行き場に迷っていた。
もう戻れない。
人と関ろうとしなかった俺が少しでも楽しく出来た時間だったのに………


……やばい。
なんだか二年前に引き戻されている感じがする。
あいつらの気持ちが自分のなかに流れ込むような感覚。
いつのまにか俺は走り出していた。
顔に当たる冬の風がこの上なく痛かった。

                (第一章 完)




あとがき   はっぁ〜・・・・やっとのことで一章終了です。ここまで本当に大変でした。
さて今回健介と孝之が直接接触したのですが、いきなり殴り合いとは・・・健介も手が早いで
すね。でも遙が事故にあった直前の孝之といまだに友恵のことを引きずっている健介が合間見
えればこうなるだろうと私は思っていました。なのでこのシーンは自分の中でもかなりタイピ
ングがすんなりいきましたし、健介の現状態を表すことが出来たと思います。人は自分のな
かの気付かない、又は隠したい感情を他人に見つけてしまうとその人物を拒絶してしまうと思
います。もちろんその感情が自分に足りないと感じれば憧れや尊敬に繋がることもあるのです
が………このときの孝之を見ることで健介は自分のなかにもいまだ変わらずにある友恵への気
持ち気付かされます。
友恵への気持ちに区切りをつけて新しい生活をしていこうとする健介には孝之が以前の自分に
重なるようで見ていられなかったのでしょう。
また、健介が遙のことだけを思って閉じこもっている孝之に少しの憧れを抱いているのもまた
事実です。それは自分も友恵のことだけを思って閉ざしていればどんなに楽なのだろうという
思いが健介の中に確かにあるのです。
結局、他人の気持ちは他人である自分には完全に理解できない・・・どんなに言葉を交わして
も体を重ねても・・・それでも健介には孝之の気持ちが分かってしまうので孝之を容認できな
いのでしょう。これから先もこのふたりはぶつかると思います。でもそうすることでしかこの
ふたりは近づくことは出来ないでしょう。本当・・・大変です。でもこれからもガンバリマス

ので読んでくださった皆さんこの先もよろしくお願いします。乱文スイマセンでした。
                       (2005/9/15 子泣き丸)


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