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第一話『Re / Start』

2001年 5月某日


春の香りと夏の息吹が混じったこの季節
ひとりの青年が緑色の葉をつけ始めた桜木の連なる坂に佇む。


「あ〜……このポンコツバイクが!!!」
やはりこの坂をコイツで登ろうとしたのは無謀だったのか?
チャレンジャーすぎたのか?
そりゃコイツは知り合いの新聞配達のおっさんから安く譲ってもらったものだけどよ……。
だからって坂の途中でエンストとは……
変に『登れる』って期待させるなよ!!!
「しょうがない…押していくかないか……」
この坂をこんな重いものを押して歩くなど間違ってもするもんじゃない。
それは三年間、通学した自分自身の経験が証明している。

キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン……
遠くに聞こえる始業らしき鐘。
ヤベッ……
すでに周りには人っ子ひとりいない。
バイクを直そうとヤッキになっていたときは登校する学生がチラホラいたっていうのに…そいつらの目線が痛かったが……
こんな所で立ち止まっている暇はない。
急がなければ……初日から遅刻などもっての他だ。
「うおおおおおおおお……」
近所のおばさんから白い視線を浴びながら俺は叫び声をあげて白陵大付属柊学園の坂を駆け登った。


「はあ…はあ…はあ…はあ……。」
膝に手をついて倒れこみそうな体を支える。
どうにか間に合ったらしい。
もう走れませんよ……そんな…ことしたら……死……ぬ。

職員室の前には俺と同じような理由で来ている何人かの男女が緊張した面持ちで立っている。
ガラァァ…
突然、扉が開き教頭が出てくる。
俺の学生時代と変わらない顔だ…ただ少し……いや、けっこう頭の方が寂しくなっているようだが……
「中に入りなさい。」
教頭が促す。
職員室の中に入り、俺を含めたさっきの面々が一列に並べられる。
目の前には白陵柊の講師面々。
教頭同様あまり変わり映えのしない面子だ。
その様子に緊張していた奴らの表情も少しばかり柔らかくなる。

「え〜〜〜…それでは、今年の教育実習生の面々を紹介したいと思います。」
教頭の説明が始まる。

そう……
今日から俺、村上健介は母校である白陵大学付属柊学園の門を教育実習生として再びくぐる事になった。
良く考えれば周りの実習生も俺と同じ学年の奴なのだから知らないわけではない。
しかし、人付き合いの苦手な俺はそのほとんどの名前を知らなかった。
まあ……イイヤ……

ひとりひとりの挨拶も終わり、それぞれの実習生に担当の講師が着いて職員室を出ていった。
さて、俺の担当は……

「じゃあ…村上君は……」
教頭が俺のところにやってくる。
「はい!!」
自分でも恥ずかしいぐらい気合の入った返事をしてしまった。
期待と不安が混じりながら教頭の次の言葉を待つ。

「………」
「………?」

なにか教頭が言いにくそうにしている。
一体どうしたと言うのだろうか?
「…村上君……」
「はい?」
「非常に言い難いのだが……・・・君には犠牲になってもらうよ…」

……………へっ!?
ギセイ?
なにを言ってるのデスカ?
そして何故小声?
そんな俺の戸惑いand疑問を余所に教頭は話を続ける。
「君を担当する講師は……」
教頭の言葉の続きに自分の喉が鳴るのが分かった。
と、そのとき……

ポン!!

突然、教頭の肩にすらりと伸びた綺麗な腕が置かれる。

「きょうと〜う。そんな言いかたないんじゃないですか?」

俺はその手の主の顔を見た。
セクシー全開の服装に不釣合いな白衣、肩辺りまでのシャギーの入った髪、スラッとした切れ目、整った顔立ちの美女が教頭の後ろに立っている。

「いや!!なにも言っていないですよ。香月先生。」
ん!?香月?何処かで聞いたような……
教頭は薄い頭から脂汗を滴らせ必死に弁解している。
そんなにこの美人教師が怖いのだろうか。
俺が在校していた時にはいなかった……かな。

「まあいいわ。それでコイツが私のところの実習生?」
いきなりコイツ呼ばわりですかっっっ!!
俺の心内ツッコミもスルー(当たり前だけど)し、香月と呼ばれた美人教師はそこでやっと俺のほうへ視線を向けた。
近くで見るとその美しさは更に確実なものとなり、俺の目に入った。
黙っていればだろうけど……
こういうときの俺の予想は外れない……あまり自慢にならないけど……

「そ、そうなんですよ。ほら、村上君挨拶を……」
教頭が俺を促す。
「あ、はい。村上健介です。よろしくお願いします。」
「はい、はい…ヨロシク……」
香月先生は面倒くさそうに手をヒラヒラさせ挨拶をかえす。
なんだか俺、同じ雰囲気の人知ってるぞ。
誰だっけ?

俺の中で答えが出ないまま話は進む。
「じゃあ、教室の方に行きましょうか?」
俺は香月先生の後に続いて職員室出た。
最後まで教頭は惨めそうな顔で俺を見てきていた。
なんなんだか………?



香月先生について誰もいない廊下を歩く。
その間、先生は俺のほうをまったく向かず目的地に一直線。
そして俺の中にひとつの疑問が浮かんでいた。
「あの〜…先生?」
思いきって抱えていた疑問をぶつける。
「なに?」
俺のほうを向かずに先生が答える。
「こっちの棟にはクラスの教室はないんじゃないですか?」

俺のいた頃の白陵はたしかそうだった。
今俺達がいるところは特別教室棟、つまり各教科担当の準備室etcがある場所だ。
それがここ三年ぐらいで変わるとは思えない。
現にここまでひとつも学級の教室を見ていない。

「誰が教室につれていくなんて言った?」
「へ?」
「あんたが行くところは……」
突然、香月先生がある部屋の扉の前で止まる。
そしておもむろに扉を開けた。

「私の物理準備室よ。まずはここで私の研究資料の整理をしておいて。私はその間、クラスの出欠席とってくるから。」
………
あまりの唐突さに声が出ない。
「あっ、あの先生?これは……」
「じゃ。ヨロシク!!」
香月先生はさっさと部屋から出て言ってしまった。

取り残される俺。
目の前に積み上げられた資料の山。
………
どうやらあの先生は実習生を奴隷かなにかと勘違いしてるんじゃないか……!?
「はぁぁ……」
はじめからこれかよ……
これからの俺の実習生活はどうなるのやら。
なんだかんだいって作業をしている自分に一抹どころか百抹以上?の不安を覚えた。 

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