第二話『予期せぬ再会』 昼休みになり、やっとの事で地獄のような整頓作業からも抜け出せた俺は久しぶりの購買へ行くことにした。 白陵時代を思い出し、購買のヤキソバパンを食べたくなったのだ。 しかし出だしが遅かったためか購買の前には沢山の人だかり。 男子学生の群れは『エモノ(=パン)』獲得の為に血で血を洗う争奪戦?を繰り広げているが、俺はそんなのを気にもせず開いている微妙な隙間から購買の前まですり抜けて入っていく。 過去三年間のスキルで『エモノ』争奪戦の回避法を会得しているのだ。 (ふっ…君等とは格が違うのだよ・・・格が!!) 「あら、ここからたどり着く方法を使う子がまだいたなんて…。」 購買のおばちゃんが俺のほうを見ながら珍しそうな顔をしている。 購買のおばちゃんも俺の時代から変わらない。 そういう所に懐かしさを感じる。 「いや〜…今日から実習生として学園に戻ってきたんですよ。」 「ふ〜ん…、がんばりな。で、なんにする。」 おばちゃんは忙しさもあってか、テキトウな感じに応援してくれた。 こんな雰囲気も以前と変わってないので俺も気にしなかった。 「じゃあ、ヤキ………」 俺が『ヤキソバパン』といいきる刹那。 「……ヤキソバパン。」 小さいがしっかりとした声が横からおばちゃんに言う。 「あいよ!!ヤキソバパンね!」 おばちゃんは起用にラップに包み、ヤキソバパンを声の主に渡す。 ここでは早いもの勝ち。さきに声を挙げた者が優先される。 「ん……」 微妙な礼とお金おばちゃんに渡して声の主は廊下の先に消えていった。 なんか不思議な感じの子だった。 背も高く運動神経もよさそうだ。なによりも胸が大きかったな…… いやいやいや……今はそんな事より食欲を満たす事に専念しろ!俺!!お宝が目の前で待っているぞ。 気を取り直して 「おばちゃん!!ヤキソバパン!!!!」 期待に胸膨らませ、俺はおばちゃんに言った。 「ゴメンよ。今のでヤキソバパン終わっちまったんだよ。」 本当にすまなさそうにおばちゃんが言った。 ………………………………………………………………………………………………………… ……………ふむ 一度自分を落ち着かせる。 「はぁぁぁぁ」 なんてこったい!!!!!!!!!!!! 心の中で虚しいヤキソバパンへの思いが叫びになった。 他の調理パンを買って俺は物理準備室に戻った。 食べる場所にと職員室にも寄ったのだが、なんだか哀れみの視線が強く居心地が悪かったのだ。 なら外でという案もあったのだが学生が多く、生徒達に自己紹介してない身としては『なにあの男?』的な視線を感じるのが嫌で没。 ガラララ… 意気消沈で扉を開けると…… んっ? 「あら!?」 誰だ?この人?香月先生は? 「あの〜……」 「ああ!!今日から香月先生のところに来た教育実習生ね。」 「はい……そうですけど……」 雰囲気で目の前の女性に自分の疑問を問いかけてみる。 女性もそれに気付いてくれたのか、 「私は神宮司まりも。B組の担任で英語担当なの。ヨロシクね。」 「あっ、えっと……村上健介です。よろしくお願いします。」 「分からない事があったらなんでも聞いてね。」 やさしい微笑みを向けてくれる神宮司先生。 ああ……、なんか今日始めてまともな人に出会えた気がする。 神様は俺のことを見放していなかった。 「それにしても村上君も大変ね。」 「えっ!?」 「担当が夕……じゃなくて香月先生なんて……」 「まあ……来ていきなりここにあった書類の整理をさせられるとは思いませんでした。」 「ふふっ、なんか香月先生らしいわね。」 優しい笑顔で労を労ってくれる神宮司先生 ほっっっんとに良い先生だな!! 今日あったばかりでここにいない人のことを言うのもなんだけど、香月先生より神宮司先生の下で実習したかった……。 「村上君はお昼、購買なの?」 神宮司先生は俺の手にある購買部の袋を覗きながら言った。 「あっ、はい。なんだか購買が懐かしくって……」 「私の時そうだったわ。なんか実習の為に来てるのに故郷に帰って来たようなそんな感じになったわ。」 「……はい……そうですね。」 まあ………俺にとってここが必ずしも良い思い出ばかりだったとは言い難いが…… 懐かしいという感じは……うん………感じているかも…… そして、 昼休みももう終わりという時、 ガラッッ 突然準備室のドアが開く。 「あら、まりも来てたんだ。」 香月先生が入ってくる。 「ちょっと何処行ってたのよ?ここで私のこと待たせといて……」 「あんたの為に新しいのを紹介してやったのよ。」 と俺のほうを指差す。 「何いってんのよ!!まったく……それにまだ私別れてないわよ!!!」 「あら、そうだったの?こないだ「もうだめかも〜」とか言ってたじゃない」 媚びるようなポーズをして神宮司先生の声真似をする香月先生。 「仲直りしたのよ!!!」 神宮司先生も顔が真っ赤だ。 キョドり方も半端じゃない。 とてもさっきまで優しく微笑んでいた人とは思えないぞ。 「あ〜はいはい分かったわよ。で、もう挨拶は済んだわね。」 香月先生はなんか顔を真っ赤にしている神宮司先生をほっぽっておいて俺の方に向き直った。 「はい。で、今のなんの話だったのですか?」 「なんのこと?」 「神宮司先生のです。」 「ああ、その事。いや……まあいいわ、説明するのは面倒だし、ただこれだけは教えておいておくわ。まりもには余り近づかない方がいいわ。あなたも白陵大なら知ってるでしょう・・・『狂犬伝説』を・・・・・・」 そこで今まで自信に満ち溢れていた香月先生の顔に影が浮かぶ。 「ええまあ、それが神宮司先生となんの関係が?」 「鈍いわね。まりもがその『狂犬』なのよ!!」 「ええ!?」 「ちょっと夕呼!!なに言ってるのよ!!」 復活した神宮司先生が香月先生に詰め寄っている。 ……… ……… やっぱり神宮司先生も普通じゃなかった………というか最強だ……… 「村上君、そんな事ないからね。大丈夫だから。」 自己弁護のその顔にはもう最初の微笑みは無く、哀れを誘うような情けない顔になっていた。 「そんな事いいながら村上のこといいかな〜とか思ってるんでしょう。」 「夕呼は口挟まないで!!」 そんな香月先生と神宮司先生のやり取りを見ながら昼飯を食って昼休みは終わっていった。 ああ……俺の栄えある教育実習生活の一日目が終わろうとしている。 午後も午前と変わらず香月先生の雑用。 書類の整理、備品の整頓、どう見ても先生一個人の為の訳分からん機材を整備させられたりした。 試験管や色々な計器、薬品はまだしも……ニトログリセリンって一体……なんだか見てはいけない物のような気がしてすぐに元も場所に戻した。 (先生が後ろで何か面白そうに俺の方を見ていたのはきっと気のせいだ……) 生徒が物理室の掃除に着た時、何人かの香月先生のクラスの生徒と話ができた事が不幸中?の幸い?だった。 俺を見る生徒の目が教頭のそれと同じだったことは言うまでも無い。 ここまで来てやっと気付いた俺も俺だが、結局のところ俺は白陵一のトラブルメイカーへの学校からのスケープゴートという事だ。 荷物運びが終わり、物理準備室に戻ると香月先生はもういなかった。 まさか……帰ったのか? 先生の机にあった幾つかの資料が無くなっている。 加えて部屋自体がもう主は戻ってこない事を雰囲気で俺に語っている。 「なんてこった………」 ここに来て一日の疲れが一気に来た。 自分用にあてがわれた机に腰を降ろし、頭を突っ伏させる。 (俺………ここに何しに来たんだっけ?) そんな自問自答に答えは無い。 「はぁぁ〜〜〜〜」 窓から入り込む夕焼けのオレンジが疲れを少しずつ癒してくれる。 なんだかんだ言ってこういう風景は自分に白陵生時代を思い出させてくれる。 「…………」 そういえば…………彼女と話したのもこんな感じに教室の中がオレンジ色に染まっていた時だったな…… 頭の中にあのときの風景が鮮明に蘇える。 夕日を背に微笑む彼女の姿を俺はずっと忘れないだろう。 あのおかげで今の俺がいるようなものなのだから。 そんな事を思い出していて、どれくらいの時間が経ったのだろうか…… コンコン!! 扉をノックする音。 「ん!?」 固めていた体を元に戻しながら扉の方を向く。 ガラアア…… 「しつれいしま〜す……先生いますか?」 入ってきたのは女子生徒のようだ。 俺の目の前には香月先生の研究資料が山積みになっていてその女子生徒の顔が見えない。 「あの〜いませんか〜」 香月先生に用事があったのだろうし、俺のことには気付かなかったのだろうからそのまま出ていくまで息を潜めている事も出来たが……さすがにそれは出来ないな。 遅かれ早かれ見つかるだろう。 ゆっくりと椅子から立ちあがりながら 「ゴメンね……香月先生帰っちまったみたいでまた明日にでも………」 と言葉を続けようとして女子生徒の顔を見て意識が飛びそうになった。 「!!」 「えっ!?」 お互いの視線が重なる。 言葉が出てこない。 考えが及ばない。 なぜ?それだけが頭を支配している。 そう…… 俺の目の前にいたのは………… 「村上………先輩……」 最後に言葉を交わした頃よりずっと大人っぽく透き通った感じのその声も俺の記憶にある明るい声と重なっている。 「……………茜ちゃん?」 やっとの事で紡いだ言葉。 涼宮 茜。 それが彼女の名。 この時、俺の中で止まっていた何かが確実に動き出した。