
第四話『変わらぬアオゾラ』 「じゃあ、教室行くわよ。」 「え!?」 唐突な香月先生の言葉に反応ができない。 そんな俺にはお構い無しに、 「ほら、さっさと用意しなさい。」 香月先生の手にはクラス名簿。 それを見てやっと理解出来た。 「はっ、はい!!」 即座に椅子から立ち上がって、 「あんまりトロいと置いていくわよ。」 柄にも無く弾んだ気持ちを抑えながら、すでに廊下に出ていた先生に急いで追いかけた。 香月先生がひとつの教室の前で止まる。 扉の上には『3年D組』と書かれた札。 ここでやっと俺は、これが先生のいたずらではないことを信用できた。 たった一日の付き合いで香月夕呼という人物が分かりかけてしまっている自分に苦笑い…… こういうのもなんだが、香月先生はかなりぶっ飛んだキャラクターをしている。 これは俺の勘違いではない……間違いない。 この人なら他人を陥れるようなこと平気でする。 そしてそれを楽しんで生きがいにしている。 「ちょっと!!話きいてる?」 「えっ!?あっ、はい。……なんですか?」 「……ったく。ぼーっとしてるんじゃないわよ。」 香月先生が呆れ顔を向けてくる。 くそ……せっかくまともに教育実習できるんだ。 気を引き締めないと…… 「すいません……。気を付けます。」 「じゃあ、私が先に入るから、呼んだら入ってきて。」 「はい。」 そう言って香月先生が扉の向こうに消えた。 そうして数分…… その数分が柄にも無い緊張でとても長い時間に感じる。 扉の向こうから…… 「それじゃあ……」 来た!! 心臓が鼓動は最高潮。 緊張で身が引き締まる。 何事もはじめが肝心だからな。 生徒になめられない様にしないと…… 呼吸を整える。 よし大丈夫!!……来い!!! 「授業始めるわよ〜」 ………………!?? 教室内から授業の用意をする音が聞こえる。 「うをぉい!!俺のこと忘れんでください!!」 音を立てないよう丁寧に開ける予定だったドアをこれでもかってくらい思いっきり開ける。 そして当然のごとく…… 香月先生とクラス全員の目が俺に向く。 「…………」 「……………」 教室中に流れるおかしな空気。 (ど、どうしよう……) 一人を除いて、ここにいる全ての人間がそう思っていた。 その除いていた一人がこの空気を破る。とても当たり前のように…… 「あっ、ごっめ〜ん。忘れてた。」 テヘッ、っと似合わない笑顔。 ガタッッッッッ!!! 俺を含めた全員がこけた。 本当に楽しそうな( 俺から見れば悪魔の) 笑みを浮かべる香月モトコ教諭。 まあ……そんなおかしな空気のまま俺は自己紹介をさせられた。 そのお陰かなんなのか、生徒の表情はかなりラク〜な感じになっていていらぬ緊張も薄れた。 そんな生徒の中に一人違う表情をした人物が………茜ちゃんだ。 昨日のことを考えれば香月先生のクラスに彼女がいることぐらい容易に想像できたはずなのに……… それを自分の緊張で今の今まで忘れているとは……… まったく……大切であろうことをすぐに忘れてしまうのは俺の悪い癖だ。 彼女を教室で見つけた瞬間、俺は教育実習生としての自分ではなく、三年前までの過去に縛り付けられていた自分になってしまう。 そんな俺の感情の変化を知ってか、知らずか、香月先生は 「じゃあ村上、もういいから準備室に戻って残ってた資料の整理よろしくね。」 (え!?もう終わり?) 「じゅ……授業は……」 このときの俺はとんでもなく間抜けな顔をしていたに違いない。 先生の顔には『してやったり的』な表情。 まさか……俺は……… 「誰も授業の実習させるとは言ってないわよ〜。私は『教室に連れて行ってやる』とは言ったけどね。」 やはりヤツの手のひらの上で踊らされていたのか〜〜〜〜〜!!!! その場にがっくり膝をついて、落胆のポーズ。 生徒たちの向ける哀れみの視線。 『あんた……香月先生の玩具だよ……』 彼らの視線がそう言っている。 ここでどんなに足掻こうとも状況は変わらない、というかそんな事したところでクラス中の哀・視線レベルが上がるだけだ。 おとなしく準備室に戻るほうが懸命だ。 失意に打ちひしがれながら教室を出て行こうとしたとき、 「あ、そうそう。涼宮。昼休みにでもあそこで灰になりかけながら教室を出て行こうとしている奴に学園内でも案内してやって。」 「「えっ!?」」 俺と茜ちゃんの声がハモる。 「まあ二年やそこらで建物の構造が変わるわけないんだけど、 馬鹿みたいに予算つぎ込んだ屋内プールはなかったわけだし……あそこの事は校内であんたが一番詳しいからね。」 「でも、わたし……」 「よろしくね。」 香月先生は語尾を強め茜ちゃんに反論させなかった。 その状況を飲み込めず、俺は教室から出て行くことも忘れ、立ち尽くしてしまう。 「ちょっと村上ぃ・・・。いつまでそこに突っ立ってるつもり?授業の邪魔よ。 まあ、あんたが自分の醜態を曝して感じちゃう特異な趣味のヤローなら構わないけどね。」 ニヤリと笑う悪魔香月。 「いえ、早急に撤退させていただきます。」 「あらそう。それじゃ。」 あっという間に俺から興味をなくし目線を黒板に移す香月先生。 ああ……俺はいつまでこの人に遊ばれ続けるのだろう…… そう思いながら教室を出て行こうとしたとき、誰かの視線を感じた。 やはりというか………茜ちゃんだ。 その視線は俺が気付いた途端、なかったかのように消えていた。 ガラァァァァ……… 後ろ手で教室の扉を閉める。 「はあ……」 ふと出たため息。 それは、香月先生のちょっかいのせいなのか、茜ちゃんの痛いくらいの視線のせいなのかは自分でも分からない。 あ〜〜〜 ウジウジ考えたって結論はでない。 そんな自問自答は脳内メモリの無駄だ。 どうしたって昼休みには彼女の視線の意味が何か分かるんだ。 流れに身を任そう。 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン…… チャイムと同時に廊下が騒がしくなる。 大半の生徒は学食か購買に駆け込もうとしているのだろう。 他の学校のことは知らないが、ここの昼の食料の奪い合いは戦争に近い。 出遅れなど許されない。 一秒の差が勝者と敗者を分け、勝者には腹に満足感を敗者には空腹の絶望を味あわせるのだ。 かくいう俺もこの戦争で何度も涙を飲まされたことか……が、今となってはいい思い出だ。 今日の俺の昼飯はというと……お手製の弁当だったりする。 昨日、飲み会で遅くなったにも関らず、朝早く起きられたので酔狂程度に弁当を作ってみたりした。 まあ自分が食べるだけなので彩りやら何やらは省き、腹を満たすことのみに徹した弁当なのだが…… と、そんなことはおいといて、茜ちゃん……来るかな………いや、来ないな。 二年前の最悪な(全面的に俺が悪いわけだが)別れ方を思い出せば当たり前である。 香月先生が無理やり押し付けたようなものだしなあ…… すっぽかされたってことだ。 少し茜ちゃんと話がしたかったとか思ったのだが今回はあきらめ、弁当に手を付けるか…… 箸がチャーハンに付こういう刹那、 コンコン…… 準備室をノックする音。 「はい。どうぞ〜〜……」 昼休みにこんな所に来る奴なんてそうはいない。 ということは必然的に訪れるものも限定される。 彼女しかいない。 来てくれたんだ。 「………」 「?どうぞ。」 と言っているのに中々入ってこない。 しばらく経ってから 「……失礼します」 扉の向こうから茜ちゃんが姿をあらわした。 「やあ。」 挨拶をしてみるも 「………」 無言。 「元気だった?」 「……………」 やはり無言。 二年前のあの一件で気まずいかもしれないが、大丈夫、そんなの時間が解決してくれているはず……と考えてもむなしいだけ。 「………」 「えっと、茜ちゃん?」 さすがの俺もここまでシカトされると心が折れそうなのですが…… 「夕呼先生に頼まれて校内を案内にしにきました。」 あたかも今日はじめて会いました的な感じで挨拶された。 時間は解決してくれなかった〜〜!! そんな淡い期待を打ち砕かれた俺なんて気にせず茜ちゃんは 「昼休みも時間は限られてます。校内を見て回るなら急ぎましょう。」 他人行儀な茜ちゃんはさっさと準備室を出て一人で歩いていってしまう。 「あ!?ちょっ、ちょっと待て。案内する相手を置いて行くな〜〜」 と彼女の背中に叫びながら追いかけた。 案内中、必要なこと以外まったく話をする雰囲気を出さない茜ちゃん。 その後を黙ってついて行く俺。 会話といえば、彼女が説明した校内案内に対して俺が「うん」、「へ〜」、「なつかしいな・・・」といった相槌を打ったくらいだ。 最初こそ何か話そうと俺も努力したが、相手がまったく反応してくれないものだからあきらめた。 で今、最後の案内場所として屋上に向かっているわけである。 話そうと努力している……いや、違うな。 俺はきっと怖いんだ。 三年近く経った今でも欅総合病院でのことは俺の内で罪悪感という形のまま残っている。 あの一件の許し無しに俺が目の前にいる女の子から以前のような屈託ない笑顔を向けられることは無いんだ。 ガコン!! 重い扉を開けると体の脇を冷たい風が抜けていく。 昨日はあんなに暑かったのに今日はうって変わって肌寒い。 まったく……、季節の変わり目ってのはこれだからイヤだ。 風邪を引きやすいってのも頷ける。 でも…… 「……ぅううん………っ、はぁ〜〜〜」 ここの新鮮な空気は昔と変わらず気持ちが良かった。 今までの重い雰囲気も吹き飛ばしてくれそうだ。 白陵時代はあまりいい思い出がなかったし、どこを見ても何の感慨も沸かない場所もいくつかあった。 が、ここはこの空気ひとつでいい思い出になっている。よく授業ふけてたときよくここに来てたっけ……… ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「「…………」」 と懐かしさに浸ってみても、俺の後ろで突っ立っている女の子は何の反応も起こさない。 まあ、分かってたけどね…… 世間話ってのも違うだろうし……というか今の俺と彼女の最悪な関係で何の話するんだ。 茜ちゃんとそういう話になれば自然と彼女のお姉さんの話もでてきてしまうわけで……… そうなるとあのときの嫌なことも思い出してしまう……… いくらなんでもその話を何の考えもなく切り出せるほどデリカシーのない俺ではない。 だって彼女のお姉さんは………まだ……… 「「………」」 いつまでも続く無音の空間。 どうにかしないとな。 昼休みも残り少ない。 そうだ!! 自分の手に持っているものを思い出した。 会話をする……とまではいかないものの何かのきっかけにはなるかもな。 「ほい!!」 と茜ちゃんに手にしていたソレを投げて渡す。 「……え!?っと。」 突然のことにあわてる茜ちゃん。 でもさすが運動神経が良いだけあって投げた渡したソレはしっかりその手に納めている。 「校内案内のお礼。」 茜ちゃんの手ある缶ジュースを指差す。 案内してもらっている途中に買っておいたものだ。 「まあ、校内で売ってるもんだし珍しいものでも無いけどな。感謝と再開の気持ちって事で… …」 茜ちゃんは物珍しそうに俺の渡した缶ジュースを見ている。 「??」 別に缶ジュースを始めて見たってわけでもないだろうに…… 自分の分って事で買って置いたもうひとつのジュースに口をつけながら茜ちゃんの様子を伺って……って、 「ぶぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!??な、何だこれ?」 自分が飲んでいた缶ジュースのラベルを見てみる。 『一発スッキリ!!スッポンエキス』 と書かれている。 そのすぐ横に 『これを飲めば死ぬまで動き続けていられます。スッポンスッポンすっぽりスッポン!!』 とよく分からん売り文句?が明記されている。 なんだコリャ?? と思い出して茜ちゃんが持っている缶ジュースも見てみると……そこにも『スッポンエキス』が…… 「まさか……知ってた?」 茜ちゃんに聞いてみる。 「こくり」 無言で頷く茜ちゃん。 …………ふむ。 やっちまったてことか〜〜〜〜〜。 話のきっかけどころかどう考えてもマイナスイメージな飲み物を渡してしまった。 「ごっ、ゴメン!!俺こんな飲み物だなんて知らなくて、あっいや、俺がここにいた頃はこんな飲み物無くてなんか新しいのがいいなぁ〜〜とか思って選んだわけで、茜ちゃんを困らせようとかそういうこと思ってやったわけじゃなくて………って自分でも分けわかんなくなってるし、こんなこと言ってるとほんとにヤバイ人っぽいし………。うん、落ち着くんだ俺。クールに、クールに……ってこういうのがやばいんだよ。というか………ほんとにゴメン!!!」 と俺の混乱模様を見ていた茜ちゃんが 「ぷっ………あはははははははっ」 「!?」 突然の茜ちゃんの表情の変化であっけに取られる俺。 ただ笑われるというのはあまり気分が良いものではない。 「なんだよ……そんなに笑わんでも……」 「あ、いえ……くくっ……すいません………はは……」 謝りながらも目に涙を浮かべるほど笑っている。 「………ったく……」 そこまで笑われると起こる気も失せるな。 「でも……やっと茜ちゃんの笑った顔見れた………。」 「えっ?………あっ……」 自分の表情の変化にはじめて気付いたように顔に手を当てる茜ちゃん。 「やっぱり茜ちゃんはその顔のほうが……らしいよ。」 「………」 「まあ、あの時俺がやったことを許してくれっていうつもりはないけど、茜ちゃんに無表情というか、起こったような顔されて避けられるのは結構キビシしから……」 「そんなつもりは」 「えっ!?」 呟くように茜ちゃんが言う。 「別に避けてるつもりはなかったです。ただ……急に先生が現れたりしたから………」 「まったく……なんだソリャ……」 「何ですかその言い方は!!まあ、先輩はボケーっとしてますからね。そういう女の子の感情分からないですよね。」 「むぐっ……そんな言い方ないだろう。俺だって色々考えたんだぞ。」 「どうだか……」 「なんだとーー!!」 もうこうなるとどちらも売り言葉に買い言葉で有ること無いこと昼休みの残り時間全て言い合いに費やしてしまった。 「「はぁはぁはぁ……」」 お互いげんなりするほどお互いの中傷を吐き出したときタイミングよく キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン…… 「あ、時間だ。」 「まったく……先輩のせいでせっかくの昼休みを無駄に過ごしちゃったじゃないですか。」 「なんだと〜・・・ってもう止めだ。不毛すぎる。」 「ははっ、先輩らしいです。」 とまだ俺をおちょくってくるかこの娘は!! 「いいから!!茜ちゃんは授業あるんだろ。急がないと。」 「はい。じゃあ村上先輩も香月先生に遊ばれないように気をつけてくださいね。」 そう言って茜ちゃんは足早に校舎内に戻っていった。 バタン!! 茜ちゃんがいなくなった途端、屋上は一気に静かになる。 授業も始まったからかその他の喧騒も消えている。 そうなると色々と考え込んじまうな………。 この三年間、俺の周りは知らない間にどれだけ変わってしまったのか?とか……… 茜ちゃんはどうしてあんな憂いを含んだ表情をするようになったのか?(俺はその表情を見てはいないが学園内ではその表情をする彼女に人気があるらしいが……) そういえば、鳴海や速瀬さんはどうしているのか?(平に聞けばそれなりに知ることはできるだろうけど……、なんとなく憚られてしまう) そして……涼宮さん。 早く起きてやれよ………茜ちゃんや皆、待ってるぞ。 屋上から見える清々しいほどに広がった青空はきっと三年前とそう変わっていないはずだと感じずにはいられなかった。
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