第五話『本当に学校!?』 俺の教育実習生活も数日が過ぎた。 それはとても順風満帆とはいえないものだった…… 毎日香月先生に残業と称した先生の実験レポートの整理に追われ、学園を日付が変わってから出ることもしばしば…… そのことを教頭に抗議しても 「まあ、しょうがないよ。君の事は香月先生に任せてあるから……」 の一点張り。 他の先生に救いを求めようも我関せずの状態。 これが現代社会の動脈硬化か!?(って違うから!!) しかし、 されど捨てる神あれば拾う神あり!! 見兼ねた神宮寺先生が俺に愛の手を差し伸べてくれた。 香月先生に話をつけてくれて、神宮寺先生のクラスで授業の実習を出来るように計らってくれたのだ。 そのときは本当に嬉しかった……筈だった。 思い出すのが少し憚られるが我が教訓のためにも思い出してみよう。 教室に入るなり俺は付属校特有の色物オーラをまざまざと見せつけられた。 猫がいたのだ!! 教室に猫が存在してたのだ!! もちろん本当の猫ではない。 ある女子生徒が猫のコスプレをしている……というか、そのまんま猫なのだ。 髪の毛の形が猫耳!首にはベル付の首輪!!そして確実に狙ってのことであろう猫の尻尾!!! 周りのクラスメイトは何故ツッコマナイ? あまりに異常な空間の中、猫容姿の女子生徒を見て呆けていると…… 「せんせ〜い!!どうしたんですか〜?なんか壬姫、先生から視線を感じるんですけど?」 壬姫と名乗った猫少女の初対面としてはあまりにも危険な発言!! ヤバイ!! クラスメイトの視線も心なしか痛く感じる。 こんなとき確実に…… 「タマの瑞々しい肢体をを見て先生欲情したんじゃねーの?」 と茶化してくる奴が居るに決まっている、というか居た。 「ちょっとタケルちゃん!!そんなこと言っちゃ駄目だよ〜。」 と近くの女生徒がそいつをたしなめるが、 「なに、教育実習の先生の緊張を解いてやろうとしただけだ。」 と反省の色ナシ!! マズイ…… このままでは俺は初実習で生徒に色目を使っていたという噂が学校全体に広がってしまう。 それだけはなんとしても避けなければ…… しかたない……できればこの異常空間をスルーしたかったが、 このままでは俺の立ち位置的もこれを放っておけないし 「いや悪い。初対面でこうでは不味かったな。ただ…その……、君のその格好は……猫?」 「ニャー……って先生、壬姫は猫じゃないですよ〜。」 とすこし恥ずかしそうに顔を赤らめる。 って今、君「ニャー」って鳴いてたじゃないか。 ついでに言えば目もなんだか猫的な目になってたぞ!! まったく何なんだこの奇妙奇天烈な生物は!?!?!? と苦悶していると 「先生。珠瀬さんのあの姿は今に始まったことじゃないんです。 あの首輪もシッポも香月先生と白銀君の悪ふざけなんで気にしないでください。」 と教壇の前に座っていた委員長らしき生徒が説明してくれた。 「ん?ああ、そうなんだ……ありがとう教えてくれて。」 「いえ、それよりも授業をしてください。うちのクラス、物理の授業遅れているので……」 かなり突っぱねた言い方をする生徒だな。 「お堅い」という言葉が似合う生徒だ。 こういう性格だと色々苦労するだろうな……この学校では……と思ったり。 それよりも香月先生……他クラスの生徒にまでちょっかい出すなんて……… どいつだか分からないが、白銀って奴もそれに乗っかるのだから相当の物好き、もとい悪戯野郎だな…… まあ、イイや。 さっ、気を取り直して…… 「じゃあ、授業を始める前に皆の名前知るために出席取るから名前呼ばれたら返事してくれ。・それじゃあ……相田。」 一人一人順番に名前を読んでいく。彩峰、etc…、鏡、etc…、柏木、etc…、榊、白銀、etc…、珠瀬、etc…、鎧、etc…。 出席を取っていくうちに何人かの顔と名前が一致した。 これは人の名前を覚えられない俺にとって珍しいことだった。 まあ、さっきの変体騒ぎで言葉を発した者だけど…… とりあえず、さっきの猫娘が珠瀬。(自分で自己紹介してたし、猫ってインパクト強すぎだし…) 俺を茶化してきた男子が白銀。(なんとなくガキっぽい感じがする奴だ。こういうタイプはクラスでムードメーカーであり、厄介ごとを持ち込みやすくもある。) その白銀を注意していた女子が鏡。(後ろでまとめた長めの髪とアホ毛が特徴的な可愛らしい女の子だ。白銀との掛け合いを見る限り二人の付き合いは長そうだ。) 教卓の前に座っている委員長っぽい女子が榊。(眼鏡もかけていてどこか近寄りがたそうな雰囲気を持っている感じだ。委員長を絵に描いたような……って言葉がよく似合う) 「これで全員か……休みは、彩峰と鎧か。」 出席を取り終わりクラス全体を見渡す。 空いている席は二つ。 これが普通の学校の二学期の三年生だと受験勉強とで欠席が増えたりもするがここはそのまま白陵大に上がる奴がほとんどだからそんなことも無いだろう。 欠席が二人ってのは、この学校としてはまあまあ普通のクラスだな…… まあ、この学校に通っているってだけで充分変人揃いなのだが、 「まあ、じゃあ授業始めるか。所々至らぬ点もあるだろうけどよろしく。」 生徒たちは俺の挨拶に頷いて答えてくれた。 前言撤回。 うん、いいクラスかも…… では授業を始めようとしたとき、 ガラァァ 突然、後ろの戸が開かれて一人の女子生徒が入ってきた。 女子としては結構背が高いほうで切れ目の整った顔立ちだ。 俺はこの生徒を見たことがあった。 けど、すぐに思い出すことが出来なかった。 欠席者から見て彩峰か鎧だろう。 とはいえ、遅刻してきたのに堂々と教室に入ってくるとは…兵( ツワモノ)だ。 その生徒は俺を意も介さず自分の席に着いた。 「ちょ……」 「ちょっと彩峰さん!!」 俺の言葉は榊によって遮られてしまう。 「遅刻してきたのに、何も無かったように教室は言ってきて席に着くのはどういう事!!先生にちゃんと遅れた理由伝えなさい。」 俺以上に先生然とした態度で彩峰に食って掛かる榊。 「ん、あっ……いたんだ。」 わざとらしく榊が話していたことに驚く彩峰。 そんな事をされて落ち着いてられる榊ではないことはこの短い時間の間に理解できた。 案の定、不毛な掛け合いが続き、俺の授業時間も刻一刻と削られていく。 周りのクラスメイトにとってこれは日常の1コマになっているのか、まったく意に介さないようにしている。 というか、下手に関れば自分に火の粉が降りかかってくることが分かりきっているのだろう。 それにしても、あの怒号に近い榊の様子を柳のようにかわし、さらに怒りを煽るとは、彩峰……やるね。 この一方的な押し問答?は十五分近く続いた。 最後は榊の燃料切れという形に終わったのだった。 決まり手は『暖簾に腕押し』かな…… そのあと俺は近くの生徒に授業がどれくらい進んでいるかノートを見せてもらい、残りの授業時間を継ぎ接ぎだらけながらも初の教育実習を行った。 前半の騒ぎはともかく生徒たちも協力的にしてくれたので、いい経験をすることが出来た。 のだが…… 「はぁ〜〜〜」 準備室に戻り、椅子に座るや疲れがドッと出てきてしまった。 「なに気の萎えるようなため息ついてんのよ?」 こちらには目も向けず、自身の研究レポートに眼を通してる香月先生。 「初実習で疲れたわけ?そんなんじゃ教師としてやっていけないわよ。」 「ぐうぅぅ」 この人はたまにまともなことを言うから性質が悪い。 「そりゃ、確かにこんなんじゃいけないとは思いますけどね、これが普通の高校物理を教えるのならこんなに疲れませんよ。」 「なによ。私の進めた授業に文句あるわけ?」 「文句も何も、あれ高校レベルの授業じゃないでしょ!! しかも生徒たちのノート見れば先生独自の理論書いてあるし、あのノートだけで大学のレポート作れますよ!!」 「世の中出て役に立たないことしたって意味ないでしょう。それに私だってツマンナイだけだし……」 ああ、この人に何を言っても無駄だった…… 思考回路に普通とは違うブースターかなにかついているに違いない。 「で、あんた少しはまともに授業進めること出来たわけ?」 そこには興味があったのか香月先生は俺のほうに向き直った。 「進められるわけ無いでしょう。あの続きは先生しか教えられないじゃないですか。」 「まあ、そうね。じゃあ、アンタ授業の間、何してたの?」 「一応先生がやった授業の補講的なことですかね。 先生が言っていること、理論の意味と必要性、それが利用できる場面とか……。先生、生徒たち理解できてなかったですよ。 もう少し簡単なことにしてあげないと……あの因果律量子論なんて大学の教授でも簡単には理解できませんよ。 俺も走りしか理解できなかったし……。」 「ふ〜ん」 その笑顔、なんか怖いです。 「!?何ですか?」 「あんた、あれ分かったんだ?」 「まあ、最初の走りだけですけど……」 『最初の走り』という部分の口調を強くして言っておく。 これが俺の精一杯の抵抗だ。 だがそんなものは先生にとって道端の小石程度の効果も無かった。 少し楽しそうに俺の話を聞いていた先生は自分のデスクからいくつかのファイルを出して俺の目の前に積み上げた。 「これ、一週間後までに読んどいて。」 「へ!?」 それだけ言って香月先生は準備室から出て行ってしまった。 取り残される俺。 まったく意味が分からないが、ひとつだけ確定していることがあった。 俺にまともな教育実習はもうやってこない。
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