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第六話『弁当ランデブー』
	
午前中の資料整理を終え、中庭で休憩を摂ることにする。
運良く香月先生が授業で居なかったので準備室を抜け出すことが出来た。
あのまま準備室に居たりしたら新たな仕事を押し付けられるに決まっている。
「ふぅ……」
自然にため息も出るって………



教育実習も後数日になってしまった。
当然のごとく俺はまともな実習はB組でのあの一回のみ。
あれ以降、香月先生はやたらと自身の研究の手伝いばかりを俺にさせる。
酷いときには日付が変わるまで付き合わされることもあるのだ。
(まあ、これについては以前からそうだったので言及したところでどうにもならない)


以前、先生から渡されたファイルは先生の今までの研究レポートであった。
確かに興味深い内容のものばかりであったが、全てを理解することなど不可能。
(というか、ほとんど読み初めで解読することを諦めた。)
ここまで色々と言ってきたが、要はこの白陵柊に教育実習しにきたはずが、いつの間にか香月先生の体の良い助手になってしまったというわけだ。


「村上先生、こんにちはぁ〜…」

ベンチにダレこんでいる俺に生徒達が挨拶してくれる。
それに手を振るだけで応える。
普通は教育実習生である俺は元気に挨拶し返して、生徒の信用というか人気とかみたいなものを獲る為に躍起になりそうなものだが、
そんな馬鹿らしいもの最初の一週間でその辺に捨ててしまった。

香月先生に振り回されて、精魂尽き果ててしまった俺は倦怠期を迎えた夫婦の会話のテンションと同等にある。
こんな俺に話しかけてくる生徒なんていないと思っていたが、意外や意外、たまに準備室を出てみれば其処彼処から話しかけられるのだ。
神宮司先生に言わせれば、

「村上君のその憔悴しきった感じが生徒たちには面白いのかもね。
普通の実習生なら無駄に力が入ってたりして、年が近い割りに話しかけづらい人がいるんだけど……。
その点、村上君は生徒から見ても可愛そうなくらい香月先生に付き合わされているから同情してるんじゃないかな。」

神宮司先生は終わりに「こんな言い方しか出来なくてゴメンネ」と付け加えてくれたが、全然フォローになってませんよ。

手にしていたコーヒーを飲む。
口の中に苦味が広がる。
この瞬間だけ苦味だけに感覚を向けることが出来るので、疲れを忘れることが出来る。
「よし!!気分転換完了!!続いてバッテリー充電に勤めますか。」
手元にある弁当に手を掛ける。
燃料充電!充電!!

「村上先輩?」
「ん!?」
弁当に箸をつけようとした直後、後ろから声を掛けられた。
後ろを振り向くと茜ちゃんが友人と一緒に立っていた。
「先輩、こんな所で何してるんですか?香月先生の手伝いは?まさか、逃げてきたとか!?」
『ついに先輩もか……』と続いていたが、なにか危険な匂いがしたので脳内削除する。

「違うよ。その手伝いに区切りついたから昼飯食おうと思ってたの。」
「あ、そうだったんですか。でも、こんな中庭で一人寂しく弁当をつつく成人男性の図なんて見てて悲しいですよ。」

その哀れみの視線をやめて……

「言ってろ!!人が開放的な気分になろうとしてるときにそれをぶち壊そうとするんじゃない。それに君達だってせっかくの昼休みにこんな中庭で何してるんだ?」
ホント中庭に意思があったら怒鳴られるような会話だ。

「今日は天気もいいし、屋外で食べようと思ったんですけど……ちょっと出るの遅れたからどこも一杯で……」
と茜ちゃんが此処までの経緯を話しているとき、

「ちょっと、茜。」
横で話を聞いていた茜ちゃんの友人が
「昼休みもあまり時間ないし、そろそろ場所決めないと……」
と茜ちゃんを催促した。
あれ!?この子、確か……

「あっ、そうだね。じゃあ先輩……」

「待った!!」

茜ちゃんが離れていこうとしたところを呼び止めた。
「何ですか?」
俺は茜ちゃんでなく、隣にいた友人の方を見て
「君、榊さんだろ?」
「はい……そうですけど……」
「ふぅ、良かった。あってた……」


茜ちゃんの隣の友人はB組の委員長で遅刻常習犯の彩峰と犬猿である榊だった。
たった一回の実習だったのでいくら人を覚えるのが苦手な俺でも特徴のあった生徒は覚えていたってことだ。
こうやって覚えのある生徒と会話をすることで自分が此処=白陵柊に教育実習に来たことを再確認する。

「先輩のたった一回の授業が千鶴のB組だったね。」
『たった一回』のところを必要以上に強調してくる茜ちゃん。
それは軽くスルーするとして

「あの時はたいした事できなくてゴメンな。」
実習でちゃんと授業出来なかったことを榊に謝る。

「いえ、先生の授業のおかげで香月先生の授業で分からなかったことが幾つか理解することが出来ました。
それより、私のほうこそ先生の貴重な授業時間を無駄にしてしまって……」
律儀に謝り返してくる榊。

「いいよ。いいよ。俺が至らなかったことが全て原因なんだし……。
そんなことより、ふたりとも昼飯の場所を探してるんだろ?」
俺の問いに同時に頷く茜ちゃんと榊。

「まあ、あまり広くは無いがこのベンチにも空きが在る……ってか俺も一人寂しくってのは悲しいし、生徒と話しながら食事ってのもいいかなぁっと」
濁して言った俺の提案をふたりは察してくれたようだ。

そして、二人の間で幾つかの問答があった後、
「じゃあ、失礼します。」
「失礼します。」
快諾が取れた。

ふたりが座るためのスペースをとるためにベンチの端による。
そこに茜ちゃんと榊が座り、それぞれの弁当を広げる。

「ふたりとも手作りなのか?」
ちょっと失礼かな、と思いながら二人の弁当箱を覗いてみる。


茜ちゃんの弁当は彩り鮮やかで、見た目だけで栄養のバランスの良さを窺うことが出来る。
スキルの高さもさることながら手作りの暖かさも感じさせるこの弁当は茜ちゃんのお母さんの愛情を感じるな。
一方、榊の弁当は茜ちゃんのものよりは彩りに劣るものの、肉類、野菜類を両立しようとしているのが見て取れる。スキルは発展途上、しかしこれからの向上が期待できる逸材だ。
多分、榊本人が作ったのだろう……作りなれている感を感じるから普段から自分で作っているのだろう。


「先輩の方はどうなんですか?その箱を見る限りコンビニ弁当じゃないようですけど……」
今度は茜ちゃんが興味深そうに開けようとしていた俺の弁当を覗いてくる。

チィッ!!藪蛇だったか!!
「まあ、一人暮らしは思っている以上に金も掛かっちまうんだよ。
毎度、学食や購買に頼るわけにはいかないからね。
早起きはつらいけど残り物詰めればある程度ボリュームもでるし……」

下手に取り繕ったところでボロが出るだけだし、ありのままを見せるのが良いだろう。
なんとなく自分が弁当作っている姿を他人に想像されるのは恥ずかしいけど……

「えっ、先輩が作ったの?」
「ご自身で作られたんですか?」

まさか榊までこの話題に食いついてくるとは思わなかった。
まあ彼女自身、自分で弁当を作っているみたいだし独り者の男が作る弁当に興味があるのかも。
そんなに興味を持たれるほどのものじゃないんだけどな。
女子高生ふたりのむき出しの興味を横目に自分の弁当の蓋を開けた。


その後、ふたりの予想以上の驚きに俺がさらに驚くことになった。
彼女らに言わせれば俺の弁当の出来が想像以上だったらしい。
茜ちゃんはよく分からん落ち込みをしていたし、榊のほうには俺の弁当のおかずについてあれこれ聞いてきかれた。
そんな『男の弁当騒動』もひと段落し、俺は自分の弁当に集中、茜ちゃんと榊は会話に花を咲かせながらお互いの弁当を突いていた。

…………………。
ふたりの様子を見る。
………。

「仲良いんだな。」
「「えっ!?」」
俺の不意に出た言葉にふたりが振り返る。
「あっ、いやさ、なんか茜ちゃんと榊を見てると三年前の涼宮さんと速瀬さ……」
「やめてください!!」
「えっ!?」

完全に意識が昔に向いていた俺は茜ちゃんの表情の変化に気付くことが出来なかった。
普通に考えれば彼女の前で三年前の話をしてあの事件を思い出さないわけが無いんだ。

「ごめん」
その言葉しか出なかった。
「…………。」
無言が痛い。
事情のつかめない榊は俺と茜ちゃんを交互に見ていることしか出来ないでいた。
それにフォローしてやる余裕さえ今の俺には無かった。

せっかく、茜ちゃんと和解出来たのに………
本当に馬鹿だ、俺。

「失礼します。」

それだけ言って茜ちゃんは自分の弁当箱を片付け、歩いて行ってしまった。
「えっ!?ちょ……ちょっと茜!?」

俺に軽く会釈して榊が茜ちゃんを追いかける。
満腹の心地よさが急に嘔吐感に変わった気がした。
「はあ……」
ほんと、ため息しか出ないよ……

あの屋上での仲直りはカリソメでしかなかったのかな……
そんなの悲しすぎる。




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