第七話『時間』
今日は教育実習最終日。
結局、あの後茜ちゃんと話す機会を作ることは出来なかった。
俺自身も香月先生の手伝いや大学のレポートなどに時間を追われていたし、茜ちゃんのほうも俺に対して積極的拒絶をしていたように見えた。
そんな中でも茜ちゃん以外のD組、神宮司先生のB組の生徒とはある程度付き合いを取れるようになっていたので実習生活はそれほど億劫なものにはならなかったと思う。
正直、楽しかった。
それでも茜ちゃんのことを考え、思い出すたびにため息が・・・・
「はぁ・・・・」
「・・・・・・」
作業を止め、香月先生が俺のほうにきつい視線を送ってくる。
まあ、香月先生の視線がきついのはいつものことだし、俺もあまり気にせず緩慢に作業を続ける。
いつもはそれで終わり。
・・・なのだが、今日はちょっと違った。
「ちょっと・・・」
「えっ!?何ですか?」
「やる気無いんだったら出て行ってくれない。最近の村上を見てるとイライラするのよ。」
先生の口調には明らかな嫌悪が含まれていた。
その射るような視線は萎え気味な俺にとっても不快でしかなかった。
「いきなりなんだって言うんですか!?自分が無理やり手伝わせといて・・・
訳分からないですよ。」
「分からなくて結構。
アンタの低レベルな脳みそには私の考えてることなんて理解できないでしょうからね。」
明らかな挑発。
ここまで言われると怒りを通り越して呆れてくる。
「ああそうですか。いいです。分かりました。
正直、嫌気がさしてきていたところなんですよ。
毎回、毎回俺を小間使いか何かと勘違いして・・・教育実習なのにまともなことはひとつもさせてもらえなかったし・・・。
まあ、今日で実習期間も最後ですし、俺も先生から解放されて清々しますよ。」
ここぞとばかりに今までの鬱憤を全てぶつけてやった。
そのまま準備室を出て行こうとしたとき
「ふぅん・・・、やれば出来るじゃないの。」
「えっ!?」
さっきとは一転していつもの怪しげな笑みにもどる香月先生。
その視線は教育実習初日に会ったときのような俺を値踏みするような視線だった。
「呆けてるんじゃないわよ。まさか、本当に頭働いてないわけ?」
「じゃあ・・・さっきのは・・・・」
「あんたを煽る為の芝居。
あそこまで言われてキレないようじゃそれまで。
私も興味無くなるところだったわ。まあ、合格点ね。」
ニヤリと口元を吊り上げる。
くそっ!!また俺はこの人の手のひらの上で踊らされていたのか。
「いったい何のために?こんなこと・・・」
「さっきまでのアンタを見ててイラついたのもひとつ。でもそれはキッカケでしかないわね。」
急に真剣な顔つきになる。
今日の香月先生はコロコロと表情が変わる。
「あんた、教師って立場をどう思ってる?」
「えっ!?」
「授業して、生徒のご機嫌損なわないようにしているのが教師だと?」
「そんなこと思ってないですよ!!」
「あら、私の見る限りあんたのしてること、言ってることほとんどその通りだと思うけど?
『授業させろ』『手伝いばかり』ってね。あんたなんで教師目指すわけ?」
「それは・・・」
正直言葉に詰まる。
『何故教師になりたい?』
そうやってストレートに動機を聞かれるとは思ってなかった。
香月先生が言っているのは面接や履歴書に載せるような模範解答ではないことぐらいは分かったつもりだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・・」
俺と先生の間に短い無言が続く。
「学校ってのは生徒だけのものじゃない。教師のものでもある。
私のもの。
私自身が楽しくないとこんなところ無意味なのよ。
ここでの研究も授業も私がおもしろいと思ってるから続けられる。
私が興味あるもの以外興味なし!!なのよ。」
なんとも自分勝手な言い草。
普通、こんなこと言う人をまともだなんて思えない。
でも・・・
「アンタがここを選んだのは『教師』ってものに居心地よさ、興味があったからじゃないの?
自分に無いなにかをこの場所に望み、求める。
それはうわべの理由なんかじゃなくて人間の欲求に近いわね。」
「そうかもしれません・・・・」
正直に納得するしかなかった。
香月先生みたいに自分の欲求に正直な人は普通、敬遠させがちだ。
それでも俺はこの人に一種の憧れみないなものを感じていた。
だから、研究の手伝いも辛くはあったものの、本気で嫌気を感じたことは無かった。
「もっと村上自身を出すことね。
大人同士の面倒くさい付き合いならそのままでもいいかもしれないけど、教師の相手はガキよ。
相手に必要以上の気を使う必要なんて無い。
ありのままでいるのがこの仕事を続ける秘訣よ。」
「・・・・・」
「・・・・・なによ?」
「なんでそんなこと教えてくれるんですか?
今の話を聞く限り、先生は俺に気を使ってくれているような・・・・」
「馬鹿なこと言わないようにね。
私はただ気の抜けた顔が近くにあると研究の邪魔になるからよ。
あんたもさっさと涼宮のところに行ってくることね。」
「えっ!?」
「見てれば誰にでも分かるわ。あんたが涼宮に異常なほど気を使ってることぐらい。」
「そうですか・・・・」
いつも誠也や塚本に『思っていることが分かりやすい』って言われたことを思い出す。
つくづくそんな自分を情けなく思う。
「でも、行ったところで彼女は俺の話しなんか聞いてくれませんよ。」
情けない俺の言葉にヤレヤレといった表情で香月先生は最後のアドバイスをしてくれた。
「まったく・・・本当にアホね!!聞かないのなら聞かせる。それくらいに考えなさい。
たとえその結果、涼宮にさらに嫌われることになってもね。
変に気を使った関係なんて肩こるだけよ。
あんたと涼宮の関係がどんなものかは知らないけど、いまの付き合い方が良いなんてあんたも
思ってないんでしょう?」
「・・・・・」
そんなこと分かりきっている。
だったらやることはひとつ。
「ちょっとのど渇いたんで購買行ってコーヒーでも買ってきます。」
そう言って準備室を出ようとしたとき
「あっ、そうそう。この後に橘町で教育実習生の追い出し会があるらしいから。
私はあんま気が乗らないんだけどね。あんたの担当になったのが運のつきってやつよ。」
「分かりました。なるべく遅れないようにします。」
「じゃあ、あとで・・・」
ヒラヒラと面倒臭そうに手を振る香月先生。
準備室の扉を閉め、俺は目的地に足先を向けた。
今の白陵柊は自分が通っていた頃より光って見えたし、今の自分ならもう少し高校生活という
ものをエンジョイできたと思う。
まあ、今更考えたところで後の祭り。
俺の高校生活ってのはやっぱり三年前のものであり、今の俺は教育実習生。
決して今の俺は高校生活を送ることはできない。
時間は巻き戻せないし、巻き戻したところでいい方向に進んだとも限らない。
それを認めてしまえば今の自分、今の生活、関係を否定することになる。
そんな『時間を巻き戻せたら・・・』的なことあいつが死んだときにいやってほど望んで、それで無駄だって分かった。
今の自分、今の茜ちゃん、それは三年前までの関係でいられるわけがない。
三年前とは違う・・・今なりの付き合い方があるはず。
それを見つけるためにもここで彼女と話さなければ・・・・・
でもきっと茜ちゃんは相手にもしてくれないかもしれない。
なんとしても話さなくては・・・
いや、むりやりにでも話を聞かせてやる。
その結果、どんな方向に話が転がったとしてもそのときに考えればいい。
今までだって俺はそうしてやってきたはずなんだから・・・・
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