第八話『イルカと人』

観覧席まであるのか・・・・
聞いてはいたもののやっぱりすごいな。

俺らの時代は作る、出来ると噂されていた屋内プール。
あの時はあまり実感無かったけど、実物見ればやはり圧倒させる。



――そんな屋内プールも作るきっかけになった人物が使うことは無かった――



観覧席の適当なところに座って、そこから一人練習に励む女子生徒を見ること数十分。
部活の活動時間はとっくに過ぎている。
それでも彼女はプールから上がろうとはしない。
何時までも泳ぎ続ける。
流れるように泳ぐその姿は人間のそれとは思えなかった。
これが校内で、町内で有名になるほどの泳ぎなのか・・・・・

そういえば・・・あのときも・・・こんな風に思ったような・・・・
あの欅町の水泳大会。
俺はあの時も今と同じようにプールを泳ぐ一人の選手の姿を見ていた。
いま、あそこで泳ぎに没頭している彼女と一緒に・・・・・



ザンッ・・・・・

練習を切り上げ、プールサイドに上がる。
自分の周りに水溜りが出来る。
水から上がると途端に体全体に倦怠感が広がる。
それが現実の重さを再認識させるような感じでイライラする。
水の中にいる間は全てを忘れられるのに・・・


病院のこともあの人たちのことも・・・・


だからといっていつまでも水の中にいることは出来ない。



――自分は人間。

同じ哺乳類でもイルカの様にはなれない。

昔はイルカのように速く泳げたらと何度も思った。

今は違う理由でイルカになりたいと思っている――



前はただ楽しいだけで泳ぐことが出来た。
今はいらないシガラミばかりが増え続け、楽しい水泳のままでいられなくなった。

タイムを縮める・・・ただそれだけの為に・・・

それでも良いとも思ってる。

病院・・・姉さんのことはともかく・・・あの人たち・・・あの人を考えるより数倍ましだ。

ああ・・・こんなことばかり考えるのも疲れているからだ。
さっさとシャワーを浴びて着替えて病院に行こう。
姉さんが待ってる。



あれ?
更衣室に入る通路の壁に誰かいる。

「・・・・やあ」
「・・・・・・」


近づいて誰だか分かった。
今、一番会いたくない人。


「何ですか?こんなところにまでやってきて・・・」
「まあ、パンに買いに来たわけじゃないな。」

いかにもふざけた言い方。

「ふざけないでください!」

この人のこういうはぐらかし方は今の私には無性に腹立だしく思える。

「用がないなら帰ります。この後、私も用事あるんで・・・さようなら村上先生。」

壁に寄りかかる村上先生の前を通り過ぎて更衣室に向かう。

横切る直前
「・・・・入り口で待ってるから」

そんな声が最後に聞こえた気がした。

声なんて水の中なら聞こえないのに・・・

なんで私は人なんだろう。




屋内プールの入り口で待つこと数十分・・・・
しばらくすると人影が室内からやってくる。

「やっと出てきたか・・・・」
「・・・・・・」

俺のそばまで来たかと思ったら、そのまま無言で素通り。
まあ、このへんは予測通り。

かまわずその後をついていく。

「これは俺の独り言だから・・・」
「・・・・・・」

「聞き流してくれて構わない」
「・・・・・・」

一応、前置きをしておく。
意気込んでは見たもののいざとなると女々しい自分が嫌になる。


「泳ぎ、凄かったよ」
「・・・・・・」
「茜ちゃんの泳ぎ・・・初めて見たけど、前に一緒に見た試合の人たちよりも凄いかなって思った。」
「・・・・・・」
「あのときの速瀬さんと同じに見え・・・」 
「やめてください!!」
遮るように茜ちゃんの声が響いた。

・・・やっぱり・・・という感じだった。
あの昼休みのときにうすうすは感じていたこと。
茜ちゃんは三年前のお姉さんの事故のことを拒絶しているわけじゃない。
(もちろんそれも無いわけじゃないが)

どうやら・・・速瀬水月・・・彼女が茜ちゃんの中で重いウエイトを持っているようだ。

「・・・・・」
「・・・・・」
「あの人の話はやめてください。」
「・・・分かった。」

そこからはずっと無言。
駅に着くまでそれは続く。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

いつまでもこれを続けるわけにはいかないな・・・・
正直にいうか・・・・

「あのさ・・・」
「・・・・・・」
「欅町での水泳大会・・・・あのとき俺、知り合いでもない君と応援したり、その後の祭りで連れまわされたりされたの結構楽しかったんだ。
あの頃、俺さ・・・色々あってあんまり人との付き合い好きじゃなかったんだよ。
昔っからの知り合いとはある程度の交友はあったんだけどね。
それ以外はてんで駄目でね。よく友人に叱られた。
なのに君みたいな学年も違ってまるで接点の無いような女の子と友達のように夏休み遊べたのは俺にとって奇跡みたいなものだったんだ。」
「・・・・・・」

黙って聞いていてくれているのだろうか?
まあいい・・・俺もここまできたら最後まで言わないと気分が悪い。

「でも・・・・二学期になって、病院にいったとき・・・・君と・・・涼宮さんの関係を知って・・・・驚いたよ・・・。
そのことで君と疎遠になって色々考えたんだよ。
でも考えるだけ・・・・・
いつの間にか俺の中で君との夏休みは一時期の夢見たいな・・・幻みたいなかんじになっていってた。
で・・・・今に至るわけだ。正直驚いたよ。こんなところで会うなんてって。
あれから色々変わったけどやっぱり茜ちゃんは茜ちゃんだった。
またあの夏休みみたいな感じになれるかなって思ったよ。
現実はそうもいかなかったけどね。
俺は君のお姉さんの事情を知ってるわけだし、あのときのまま何も知らない気楽な関係とはいかないよな。
でも・・・それでも・・・・教師と生徒って感じには割り切れない。
君は俺の・・・かけがえの無い友人だから・・・なにか助けになるのなら・・・頼ってほしい、話してほしいって思った。」

「・・・・言わないで・・・」
「えっ!?」

今まで何の反応を示さなかった茜ちゃんが少しだけど確かに表情を変化させた。

少しは俺の言いたいこと伝わったかな?

「友情とかそういうの持ち出さないでください!!そういうの嫌いなんです。」
「・・・・・・」

嫌悪を露わに茜ちゃんは吐き捨てるように言い放つ。
「何にも知らないくせに・・・・」
どんどん茜ちゃんの口調が強くなってくる。

「分かった風な口聞かないでください!!」
「・・・・・・・」

そういった茜ちゃんの姿が何故か教室でクラスメイトを押し倒した鳴海と重なった。
あのときの俺だったらきっとキレて茜ちゃんの頬を叩いていたかもしれない。
でも俺だって三年前とは違う。

「確かに・・・・俺は君の事を・・・この三年間どうだったのかなんて知らないよ。
でも・・・それでいいんじゃないか?」
「どういう事ですか!?」

茜ちゃんの声はすでに怒りだ。
それさえ構わず俺は言葉を続ける。

「人付き合いなんてそんなものだろ。
お互いの腹に抱えているものなんて必要以上に知る必要なんて無いよ。
茜ちゃんだって俺がどうして君の事を友人とか言って気になってるか分からないだろ?
そういうこと。」

「・・・・・・」
「・・・・・・」

「失礼します。」
それきり茜ちゃんは振り返らず、改札に定期を通してホームに上がっていった。

彼女の家は確かここ柊町。
だから駅を使う必要なんて無い。
ということは・・・・病院か・・・・
定期使っているところ見るとほとんど毎日のように通っているのだろう。

自分の財布から文字が擦れて薄くなってきている定期を出して見る。
期限は1996年8月末日。
柊町から欅町まで。
これは俺が毎日学校の後、欅総合病院に通っていた頃のもの。

今の茜ちゃんもいつ終わるとも知れない見舞いを続けている。
あの頃・・・友恵がいついなくなるとも知れずに見舞いを続けていた俺と同じように・・・

チャラァ〜〜〜・・・

携帯が鳴る。
ディスプレイには『香月夕呼大先生』と表示されている。

あの人、いつの間に俺の携帯いじったのだろう?

「もしもし・・・・」
「あっ・・やっと出たか。村上ぃ〜・・・さっさと来なさい。もう始まってるわよ。」

後ろの騒ぎ声を聞く限り、すでに結構出来上がっているようだ。

「はい・・・いま柊町駅なんで20分くらいで着くと思います。」
「・・・・・」
後ろがうるさくて聞こえなかったのだろうか・・・

「・・・・?何ですか?」
「話・・・・出来たの?」

どこか心配したような声。
そんな声が少し嬉しかった。

「まあ、それなりに・・・これ以上は自力じゃどうにもなりませんね。」
「そう・・・まあいいわ。10分で来なさい。」

ブツッ!!

それだけ言って香月先生は通話を切ってしまった。
なんだかんだ言って心配してくれてんだな。先生。
手にある古めかしい定期をしまって、券売機に向かう。

今の俺が向かうのは欅町ではなくて、橘町。
今考えるのはそれだけで充分。



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