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第九話『狂犬・・・』


すぐに電車がなく予想以上に到着が遅れてしまったな。
さっきの香月先生からの電話を聞く限り宴会はすでに始まっていたみたいだし・・・

途中からこういうのに入るの結構苦手なんだよ・・・

扉の向こうから異常なまでの騒ぎ声が聞こえる。
って・・・なんとなく悲鳴が混じっているような・・・そんなこと無いか。
出来上がってるみんなとシラフの俺との間にかなりテンションの差を感じる場面だ。

ガラァァ・・・

「遅れてすいませーん・・・ってうわっ!?」

店に入るやいなや、顔面めがけてフォークやらナイフやらが飛んできた。
その弾道は明らかに投擲によるもの。

いったい誰が・・・ってここは宴会場だろ?
なのに何故、俺の足元には頬に痣を作って気絶した数学の秋山先生が・・・・
っていうか何だ・・・この惨状は?


いたるところに転がる死体(勿論気絶体)・・・もとい白陵柊の講師陣。
そしてその奥には何かと対峙する香月先生の姿が・・・
その目には焦りや恐怖が感じられる。
いつも超然とした振る舞いを崩さない香月先生をそうさせる相手とは一体・・・・何者!?
相手の姿は襖が陰になって俺の位置からは見ることは出来ない。


何度も言うけどここ宴会場だろ!?
とにかく・・・現状を把握するためにも香月先生の所に行かなくては・・・


次々と飛んでくる飛来物(箸、お椀、お猪口に徳利)を掻い潜りながらなんとか原因の中心で
ある香月先生のところに近づく。

「!?村上・・・やっと来たわね。」

先生が俺に気付き、視線だけをこちらに向ける。
言葉こそ俺の遅刻を非難するものだったが、その口調には『来なかったほうがいい』という風なニュアンスが含まれていた。

「一体何があったんですか!?俺に電話してくれたときは和やかそうな雰囲気で宴会してたみたいじゃないですか。」
「全てあれが原因よ。」
「あれ?」

先生が全意識を向けて対峙している相手をみる・・・って

「神宮司先生!?」

そこにいたのは片手に一升瓶を抱え、もう一方に男性講師の成れの果てを引きずって謎のオーラをほとばしらせている神宮司先生だった。

「酒ぇ〜・・・もってこ〜い!!」

目も据わり、口調も荒々しい姿は、とても普段の優しいそれからは想像もできなかった。

「・・・あれが、白陵大に語り継がれている伝説の『狂犬』よ。
数々のコンパで並居る体育会系をアルコールの海に溺れさせたあの姿がまさかこんなショボイ宴会で姿を現すとは・・・迂闊だったわ」

香月先生の顔にはこの惨劇を回避できなかった自分の不甲斐無さ、そしてこれから起きるであろう更なる惨劇を予想しての恐怖が表れていた。

ヒュン!!!
ドコォォォォ!!!

神宮司先生、もとい『狂犬』が引きずっていた気絶体を俺らに向かって投げつけてくる。

なんとか俺達はその飛来体を避けたが、壁にぶつかった教師の様子はとても無事とは程遠いものだ。

「なんか・・・とんでもないですね・・・」
「どうにかして取り押さえないと・・・」

「何ごちゃごちゃ言ってんのよぉ〜・・・いいからおぉさぁけぇ〜持ってきて〜」

一升瓶内の酒が切れたのか明らかに不満度が上がってくる『狂犬』
それに比例して背後のオーラも高まってくる。

「まりも!!酒よ!!」

そう言って香月先生がビールの缶を『狂犬』に与える。

「ちょっと先生!?これ以上あれに酒与えるのは危険なのじゃないですか??」
「心配いらないわ。ノンアルコールビールよ。でもこんなのは時間稼ぎにしかならない。」

そう言っているうちに『狂犬』はビールを飲み干す。

「はやっ!!」
「この場でまともに動けるのは村上、あんただけよ」
「えっ!?」
「これ以上あれを放っておくとどうなるか分からないわ。だからあんたが後ろから羽交い絞めにして・・・その間にあたしがこの睡眠薬を口の中に入れる!!」

いつの間にか香月先生の手には怪しい色をした錠剤があった。

「それ・・・本当に睡眠薬ですか?」
「まず唾液程度の水分で即効に解けて舌を痺れさせるわ。その後体内に流れ込んで睡眠作用が働くの」
「・・・とんでもないシロモノですね・・・」

神宮司先生・・・ちゃんと後で起きるのであろうか・・・

「さあ村上、ミッションスタートよ!!」
「はあ・・・」

香月先生の高らかな声が部屋中に響いた。

そんなに大きな声出したら、作戦バレるんじゃないかな・・・・・・?

とにかく、なるべく気配を消して行動を開始する。
動けないながらも意識の有る先生方が援護をしてくれてたりする。
『狂犬』の足首を掴んで動きを止めたり、身を犠牲にして『狂犬』の足蹴になったり・・・見ていて涙が出てきそうだ。
そのおかげで俺は気付かれることなく『狂犬』の背後に回ることが出来た。

「今よ!!」
「神宮司先生、スイマセン!!」

ガシッッ!!

香月先生の合図で『狂犬』を羽交い絞めにする。

「ちょっと何よ〜!!?放しなさいぃぃぃぃぃぃ!!」

腕の中で暴れまわる『狂犬』もとい神宮司先生。

「ぐぐぅぅ・・・」
なんて力だ・・・華奢な体のどこからこんな力が出るんだか・・・酒の力恐るべし・・・
「先生ぃ・・・早く!!」
そう長い間押さえてられない。

「すぐ済むからもう少し我慢しなさい・・・・!?きゃ!!?」
香月先生が神宮司先生に接近し口の中に睡眠薬を入れようとしたとき、香月先生の手元を何かが掠めた。
そのせいで睡眠薬が神宮司先生の足元に落ちてしまった。

「「しまった!!」」

俺と香月先生は同時に叫んだ。
当然神宮司先生も足元に転がっている物体に気付いたようだ。

「んっ!?・・・・薬嫌い〜・・・」
ゴリッ!!

「「あっ!!」」

なんということ・・・睡眠薬は神宮司先生の足によって粉々に砕かれてしまった。

最後の希望が・・・
香月先生は一時射程圏外に退避していた。

「・・・くぅ・・・村上!!あんたも速く逃げなさい。」

ヒュン!!

先ほど香月先生の手を襲った物体が俺の顔面向かって飛んできた。
俺は神宮司先生を押さえつけていた腕を解き、飛来物回避の為に距離をとった。

「どこから飛んできた?」

あたりを見回す。
この場には俺、香月先生、神宮司先生以外に動け者など・・・

「村上!!まりもの手の中!!」
「えっ・・・あっ!!」

香月先生が指差した神宮司先生の手の中には何本もの爪楊枝が・・・
しかし・・・さっきまで俺が押さえつけていたんだぞ。
まさか・・・あれを手首のスナップのみで投げつけてきたのか!?
あんな軽量の爪楊枝を高速で撃ち出すとは・・・

「もう・・・終わりよ・・・」
「先生・・・そんな簡単に諦めちゃうなんて先生らしくないですよ!!」
「・・・・・・」

香月先生がその場に座り込んでしまった。
普段、あれだけ自信に満ちている香月先生が諦めてしまうなんて・・・・

・・・・・・・・・・・・・。

しょうがない・・・・これだけは使いたくなかったのだが・・・・
この場を収集するためにはしょうがない・・・

「香月先生!!」

『狂犬』を挟んで反対側にいる香月先生を呼びかける。

「・・・・」
「どんな方法であれ神宮司先生を黙らせれ良いんですよね?」
「そうよ・・・。そんな方法があればね。」

香月先生は完全に投げやりモードだ。
もう手が無いことを悟っているようだ。

「数秒だけ神宮司先生の注意を反らせてください。俺が何とかします。」
「どうも出来ないわよ。・・・もう・・・」
「最後の悪あがきだと思って付き合ってください。お願いします。」
「ふう・・・・分かったわ。もうこれ以上状況が悪くなるわけないしね。あんたの賭けに乗ってあげる」
「ありがとうございます」

香月先生は腰を上げ、再び『狂犬』と対峙した。
それを確認した後、俺をこれからのことに意識を集中する。

はずせば終わり。

チャンスは一度きり。

なおかつ全力を出してはいけない。

あくまで生け捕り。

まったく・・・なんてハイレベルなミッションだこと・・・
香月先生が『狂犬』に何か話しかけている。
どうやらそれは香月先生自身をも貶めかねない話題らしく『狂犬』は熱心に聞いている。
その話題には俺も興味が有ったが今はそれどころではない。
はやくこの『狂犬』を沈黙させなければ・・・・

先ほどの羽交い絞めのとき以上のスピードで狂犬の背後に肉薄する。
さすが野生の獣・・・俺の接近に感ずく。
しかし、遅い!!

ストン!!

「あっ・・・・」

鋭い手刀を神宮司先生の延髄にヒットさせる。

ガクッ・・・

糸の切れた人形のように倒れこむ神宮寺先生をもう片方の手で支える。

「ふぅ・・・・」

久しぶりにやったけど・・・成功して良かった。
力加減間違えたら血を見ることになってたな。

「村上!!」

状況を見守っていた香月先生が俺のそばにやってきた。
それも神宮司先生が無力化したのを確認できたからだ。

「まさか・・・『狂犬』に対して暴力を振るうとは・・・命しらずね」
「はい・・・自分でもそう思いましたよ。でもそれしかないと思って・・・」
「あんた、格闘技でもやってたの?」
「どうしてですか?」
「さっきのあんたの身のこなし、とても一石一丁で出来るようなものとは思えなかったわ」
さすが香月先生。
あんな状況でもよく見てる。

「いえ、親父がそういうのやってて子供のとき少し教えてもらったんですよ。」
「でも・・・かじった程度の技術とは思えなったわよ。」
「はは・・・・」

ここは笑ってごまかすしかない。
昔、親父に聞いたときこの手刀は『大空流村上派暗殺術手刀型』というものらしい。
子供のときはそれがかっこいいとか言ってられたが実際こんなもの普段の生活では何の役にも立たない。
だから他人に話すようなことでもない。
うやむやにするのが一番だ。

「まあ、そんなことはともかく先生、神宮司先生をつれて帰っていいですよ。」
「どういう事?」
「神宮司先生をこのままほっとくわけにもいきませんし、住所知ってるのもこの中じゃ先生だけです。
後始末は俺がやっておきますから・・・」

香月先生は少し悩んだ後

「そうね。任せるわ。」
そう言って神宮司先生を背負って店を後にした。

「ほんじゃ・・・はじめますか・・・」

俺は退避していた店員を呼んで謝罪し、手伝ってもらいながら惨状の後始末を行った。
まったく・・・教育実習やって以来こんなのばっかしだな。
まあ、楽しくはある・・・と思う。
夏も近づいてきたし楽しいことが増えればいいなと思う七月初めのことだった。
                          
                               (第三章 完)



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