
七月某日 久しぶりに俺は大学を訪れていた。 先月までほとんど香月先生のところに縛られていて講義の単位が不安だったが、 それも何とかなり、あとはテストさえ落とさなければ大丈夫な状態になった。 ただ、この間まで白陵柊で慌しい日々を過ごしていたのに比べれば大学での日常は平々凡々なものに感じられた。 シトシトと振り続ける雨を窓越しに眺めながらため息がひとつ。 「どうした?教育実習の疲れが今頃出てきたか?」 隣に座っていた誠也が心配してか俺の顔を覗きこむ。 久しぶりに会ったということもあり、昼飯でも……ってことになったのだ。 「……ん…いや、そういう訳じゃない」 「もうすぐ夏休みなんだし、もっと楽しそうにしろよ」 夏は人を解放的にさせるぞ……などと誠也は冗談も加えてくるが、 「……ああ、そうだな……」 俺はどこか聖也との会話に集中できずにいた。 なんか思考がまとまらない。 ほんと…如何したんだろ………… 「……………」 「……………」 聖也も俺の雰囲気を感じ取ったのか、同じように口を閉じてしまう。 必然的に会話が続かず無言。 「ふぅ……まあ、なんとなく安心した。」 「えっ!?なんで?」 突然の誠也の言葉の意味を理解できなかった。 「大学に入ってからコッチ。お前、頑張りすぎてるというか無理してるというか…… 村上健介らしくない感じがするときがたまにあったんだよ。 でもこの時期にそんな風に何にも関心がなくなったような顔してると、やっぱりお前は村上健介なんだな……ってな。」 「なんだソレ。」 聖也の言いたいことがよくわからない。 本当にこいつは昔から抽象的な言い回しが多い。 「分からんで良いさ。俺がそう思っただけなんだから……」 そう言って普段の何を考えているか分からない含み笑いをする誠也。 まあ、誠也の言いたいことは一割ほどだが、感じ取れなかったわけではない。 つまりこの時期……夏になって俺がそうやって見えるのはあの事を思い出しているのでは…ってことだ。 いままで俺はそのことで誠也に心配かけまくっていた。 俺を無気力にさせている理由。 確かに友恵のこともある。 ……これは確かだ。 五年も経つがあのときのことは今でも俺の中に鮮明に蘇える。 それを思い出すだけで当時の自分の無力さを突きつけられるような感じになる。 以前まで俺にとって夏という季節はそれが全て。 でも……今年は……なんか違うような…… 同じ配色なのに違う模様……みたいな?? 駄目だ、俺も聖也の言い方に感化されてるな。 「話題を変えよう」 誠也が、お互い思っていたであろう事をそのまま言葉にする。 俺たちの間ではこれは結構普通だったりする。 「お前が教育実習やっている間に珍しい奴に会ったんだよ。」 「んっ……誰だ?」 俺もそれに乗る。 それが友恵の話題を切り替える誠也に応じるという俺のサインだ。 普段から顔の広く、付き合いも多い聖也が珍しいと言う位だからよっぽどの大物か? 話題換えのつもりの話にも自然、興味が湧いた。 「速瀬水月だよ。」 「えっ!?」 一瞬、耳を疑った。 拍子抜けとかそういんじゃなくてなんで今、彼女の名が出るのか頭が理解できなかった。 そんな俺の動揺を他所に誠也は話を続いていく。 「ちょうど六月の中旬かな。平の奴とサークルの事で遅くまで残ってたんだよ……」 思い出すような仕草のまま聖也は回想を始めた。 「構内にも人は疎らになっていた。 そんなに急ぐ用事でもなかったからこの辺で……って感じで帰ることにしたんだ。 だけど……こんな時間まで一緒にいたのにそのままお開きってのもないなって思って平を飲みに誘おうと思ったんだ。 そんなことを考えながら二人で歩いていたらさ……大学の入り口で平を待ってた奴がいたんだよ。」 「それが……速瀬さんだったのか?」 なんとか話をあわせようと相槌を打ってみたが、駄目だ……声が震えているのがじぶんでも分かる。 そんな俺に気付いていないのか、それとも自分の話に酔っているのか目を瞑ったまま頷き、話を続ける。 「ああ、どうやら飲む約束をしていたらしい。 そこで俺の計画は早くも破綻したわけだが、俺も珍しい人物に会って懐かしくなってたのかな…… その場でチョイ話し込んじまったってわけ」 そこで聖也の話はいったん切れる。 俺もその間を機に、自分の混乱した頭の中を整理した。 ついこの間まで教育実習として白陵柊に通い、そこで 涼宮 茜 に再開した。 そして今、聖也の話の中に出てきた 速瀬 水月。 この二人と俺が繋がるのは……三年前の水泳大会だ。 「アッチも俺のこと覚えててくれてな。 チョッチ嬉しかったな。なんたって彼女は水泳部の期待の星で部やクラスの中でも憧れの存在だったからな。」 へえ、と気の無い装いをして返事をしたものの、俺は聖也の話しに釘付け状態だった。 「当然、久しぶりに会ったんだから近況話でもしたんだろ?」 そんな風に聖也に振って速瀬水月の情報を引き出そうとしている俺がいた。 何故?俺は彼女のことが気になっているのだろう。 こんな他愛も無い級友話に引き込まれているのは、何故? 「ああ、『速瀬さんは今どうしてるの?』てな感じでな。 どう答えたと思う?俺はてっきりインストラクターとかスポーツ関係の企業にでも入ったのかともったんだけどな……」 そこで聖也の調子に陰りが見え始める。 「彼女、普通のOLだってよ。 まあ、俺の勝手な妄想をあっちに押し付けるわけじゃないけどさ、なんかなぁ〜……。 現実ってこんなものなのかなって思い知らされたよ。 学園時代はオリンピック目指せるとまで言われてたんだぜ。 そのくせ、そのことを鼻にかけない性格も人気の理由だったし、白陵柊時代は彼女に告白して何人の男子が死んでいったことか……グスン」 そこで聖也は冗談交じりに鼻をハンカチでおさえて『チーン』などと十年前でも古いと思われるのギャグかましている。 でも、俺はそれに乗ることは出来なかった。 「そうか……速瀬さん、水泳やめちまってたのか」 ああ、と言って誠也は両手を頭の後ろで組み、天井を仰いだ。 冗談を織り交ぜながら誠也は話してくれたが結局、お互い陰鬱な気持ちになってしまったようだ。 ただ……最後に俺は聖也に一つだけ聞いておきたいことがあった。 興味本位なのか、今の雰囲気を払拭したいだけなのか自分でも理由は分からない。 こんなことを聞こうなんて俺は本当にどうかしてしまったのだろうか…… 「あのさ……。速瀬さんって今、付き合ってる奴とかいるのかな……?」 「ん!?気になるのか?」 聖也は俺の野暮な質問に驚いている。 「まあな」 「そうだな……直接聞いたわけじゃないが……」 思案顔で腕を組む聖也。 その様子をただ黙って見つめる。 「平との会話を聞く限り……いると思うな」 そういうことを嗅ぎ分ける感覚がずば抜けているはずの誠也がめずらしく曖昧な言い方をする。 「なんだか歯切れの悪い言い方だな?」 「ん〜……なんていうかな……。 付き合っているのは間違いないんだろうけど、速瀬自身がそう思い切れてない感じがするんだよ。 影があるっていうかな」 「そうなのか……」 「お前がそんなこと気になるなんてな。」 変わったな。と誠也は小さく言った。 「本当に……自分でもそう思うよ」 視線を誠也から窓の外に戻す。 雨はいまだ止まず、小雨とも本降りともつかない中途半端な空模様はこの後、どのような変化を見せるのだろうか…… それはまだ誰にも分からない。 あの暑く、切ない季節がやってくるまで…… 君が望む永遠アナザーエピソード第三章 第一話 『迫り来る季節』
[PR]今流行りの携帯ゲームは?:完全無料でずっと遊び放題だよ