『夏の宵』

「で……今日は何なんだ?」
「ん……」

目の前で携帯をいじっている聖也にここまで連れてこられた理由を聞く。

まあ、飲みに来るのは別に構わないんだけど、今日は俺と聖也の二人だけなのになんでこんなだだっ広い座敷を選ぶのだろうか?
他に誰か呼んでいるのか?

「平、塚本、泉でも呼んだのか?」

とりあえず、一番在り得そうなメンバーを列ねてみるが……

「いや、違う面子だな」

普段からあまり俺は人付き合いがいい方ではないが、大学に入ってからはある程度人とも交流を持とうと努力はしている。
それでも普段のメンバー以外で飲むなんて事はサークルの集まりでない限りゼロに近いほど無いことだった。
普通に会話できるか……なんて、ガキみたいな心配をしていたとき、

「おッス!!ゴメン……先やってた?」

遅れてきたことに悪びれる風でもなく、平慎二が姿をあらわした。

「ッたく……遅いぞ」

非難の台詞を吐きながらもそんな気をサラサラ感じさせない聖也。
むしろ待ち遠しかったかの様な表情だった。

そんな二人のやり取りを眺めながら俺は違うところに意識が向いていた。
平の後ろの人物達。
こちらは座っていて、あちらが立っているという位置関係のせいで顔が見えない。
男、女が一人ずつって事ぐらいしか分からなかった。

「それで……連れて来てくれたか?」
「ああ、まさかこいつ等の方からお前に誘われたなんて聞くとは思わなかったけどな」

親指を立てて後ろに立つ人物達を指差す平。
どうやら誠也の待望の待ち人は平の後ろに立っている二人らしかった。

「まあ、たまたまな。他の奴等も結構つかまえられたし、即興の集まりにしては充分だろ」
「まあな」

平は誠也と俺のあずかり知らぬ話で盛り上がりながら座敷に上がる。
そのお陰で俺はやっと平の後ろにいた二人の顔を見ることが出来た。
その姿を見たとき、俺は自分自身に呆れたね。
まったく……俺のここ最近の『縁』は異常なほど性能が良い様だ。
良いのか、悪いのか判断に難しいところだけれど……



その後、平たちが来たのをキッカケにゾロゾロと人が座敷になだれ込んできた。
どいつもこいつも見知った顔だった。
皆、白陵柊で三年のとき同じクラスだった奴。
要は同窓会ってわけだ。
といっても、白陵に通っていた頃は今以上に人付き合いが嫌いだったので顔と名前は一致しない。
聖也は来る奴、来る奴に声を掛けて近況話に華を咲かせている。

そんな聖也を遠巻きに眺めながら俺は一人隅に座ってソフトドリンクを飲んでいた。
酒は飲んでいない。
気分があまり乗らないからだ。
何人か集まってグループが出来ている中、一人孤立する俺。
こんなことならもっと交友関係広げておけばなぁ…って後悔したりする。
まあ、無理だったろうけど……
あの頃の俺は今の自分で考えてみてもアホみたいに人を寄せ付けなかったから。
そんな風に昔を思い出していたら、

「水月ぃ〜……久しぶりぃ!!」
「……うん」

なんとも馬鹿っぽい女の声が聞こえた。
声の方に目を向けると何人かの中に見知った女性を見つけた。
無いと言っても過言ではない俺の白陵柊の思い出に残る人物の一人。

速瀬 水月。

高校時代、学校中で噂になるほどの水泳部員だった彼女。
この辺りで行なわれる水泳大会のタイムのレコードも三年経った今でも彼女の名が連なっているものあるほどだ。
果てはオリンピック選手とまで言われていたし、彼女自身もそのために邁進していたはずだったが……
親友の事故。
その彼氏の変わり様。
様々な周囲の影響の受け、その夢を諦めたらしい。
誠也に聞いた彼女の現状。
夢を諦め、一般の中に埋もれることを選んだ彼女。
望むものがそこに在ったのならそれは正しい選択だったのか?
俺には分からない。
俺が分かることといえば、高校三年の終わりにあの丘で食らった彼女の平手が物凄く痛かったってことだけだ。

そんな甘酸っぱい(自虐的)な事を思い出していると、

「鳴海ぃ〜……久しぶりだなぁ!!」
「……ああ」

聖也の声が聞こえた。
その台詞、さっきのその他大勢キャラと同じだぞ、誠也。

鳴海 孝之。

考えてみれば俺はあまりこいつと接点がない。
誠也が言うには何度か遊んだこともある様だが思い出せないってことは俺の中でこいつはあまり大きなキャパシティーを占めていなかったのだろう。
でも、あることがキッカケで俺はこいつに興味を持ち始めた。

涼宮 遙と付き合いだした。

それだけでこいつへの関心は泡の様に一気に上がった。
涼宮さんが誰かのことをずっと思っていたことは知っていたし、出来る範囲で手助け出来たらとも思っていた。
まあ、彼女はそんなわけの分からない俺の応援などなくてもちゃんと鳴海に思いを伝え、成就させた。
それなのに……

「はぁ……」

思考の小休止的にため息が出た。
よく考えてみたら俺、自分に何の関係も無い事ばかりに気を回している感じがする。
つくづく自分自身がよく分からん。

そんな俺のアンニュイな気持ちなど何処へやら、無常にもエセ同窓会は最高の盛り上がりを魅せていた。
結局、俺は最後まで誰とも思い出を分かち合うことは無かったのだけれど……


鳴海とは勿論のこと速瀬さんとも話は出来なかった。
あの卒業間際の丘での出来事が俺に躊躇いを起こさせたからだ。
わざわざあの時の事をぶり返すでもないだろうからな。
きっと彼女だって俺の事を『口の悪いムカつく奴』くらいにしか覚えていないはずだ。

俺にとってまるで意味を成さなかった同窓会は上記の時間軸より二時間ほど過ぎた頃、グダグダな感じを引きずったまま幕を下ろした。
酒も飲まずにツマミばかりパクついていたのでいい感じに腹は膨れている。
店の前で解散となったので二次会などはないのだろう。
その証拠に誠也は俺の隣をおぼつかない足取りで歩いている。

「……最近飲みすぎだぞ、お前」
「そぉか〜……」

誠也は呂律の回らぬまま無意味にテンションの高い声を発して応えた。
まあ、以前のサークルの飲み会ほど酔ってはいないのである程度安心してはいるが……

「今日の飲み会、いつの間に計画したんだ?」

今日一日の一番の疑問をその発案者にぶつける。

「…………」

ダンマリか……ホント、酔っ払いのテンションはアップダウンが激しすぎる。

「健介さ……将来って……考えてるか?」
「はぁ……」

突然何を言い出すやら……
アルコールというものは人生設計を促進させる効果でもあるのか?

「真面目に聞いてるんだ!!」
「………」

声が夜道に響く。
それでも俺は近所迷惑の事を考えるのを放棄していた。
真剣な雰囲気を帯びているその声が冗談ではない事を察させたからだ。
ここはそれに準じた態度で応えることが正解だと思った。

「そう言い出す根拠は何だ?」

そう聴くと誠也は先ほどの大声が嘘の様に落ち着いた声でポツリポツリと話し出した。

「今日の飲み会だって殆ど俺の我侭みたいなものさ。たまたま鳴海と速瀬さんと会ったんだけど……そのときのOL然とした速瀬さん、生活の為にバイトしている鳴海を見てたらさ……いつもテキトウに日常を過ごしている俺って何なんだろって感じちまったわけだよ。」
「……………」

なんと答えていいものやら………とは思うわけにはいかない。
こんな風に酔っ払ってはいるもののコイツは思うのも恥ずかしながら俺の唯一無二の親友だ。
こいつがいなければ今の俺は無かったといっても過言ではない。
少し自分の考えをまとめる為に無言の時間を過ごしてしまったな。
互いの間に言い知れぬ気まずい雰囲気を醸し出してしまった。

「……悪い。この話ヤッパ無しだ」

いつもの話題変え。
しかし、今の俺にはその提案に乗る気は無い。
理由は簡単だ。
「なんとなくただ必死にもがいているだけだ」

いつも悩みに乗ってもらっているのは俺でたまには借金を返させろってわけだ。
後々になって利子が異常なほど膨れ上がって押しつぶされたら元も子もない。

「取り立てて立派な目標を持っているわけじゃない」
「………でもさ」
「まったく……お前らしくも無いな。これじゃ立場が逆じゃないか。安心しろ、お前はきっと俺や他の奴なんかより確りと未来を見据えてるよ。そうやって悩んでるのが証拠だ」

そう言った後、意味もなく肩を叩いてやった。
クサイ青春してるな……恥ずかしいよ。

「ふっ……やっぱり教師を目指している奴が言うことは違うな」
「ば〜か」

その後、誠也は酔っていたことも忘れさせるほど確りとした足取りで自宅のある方向に消えていった。
分かれる直後、「ありがとうな」って言った誠也は普段異常に爽やか嫌味なスマイルだった。

俺も自分の家に着いた途端、
ピリリリリッ……ピリリリリッ……
まるで俺が家に入るのを見計らっていたかのようなタイミングだな。
ついでに言うと着メロは止めた。
廻り回ってシンプルなのが良いって思っただけなんだけど……
液晶には『香月夕呼大先生』の表示。
このまま出ないでいると後が怖い。
早々に出ることにしよう。

「もしもし……」

誠也よ……
俺はこんな風に周りの激流に流されている木の葉の如くなだけだ。
この電話も俺を面倒くさい事に巻き込むんじゃなかろうかって予感バリバリでしかない。

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