『真夏の日々』



「え〜……なので、量子というものは観測されるまで自身の……存在する可能性のある場所全てに存在します。
ここでいう観測というものは目で見る事や計測機で計ることだけではなく、何らかの影響を量子に与えることを言います。
この話を説明するときに有名なもので『シュレーディンガーの猫』と言うものがあり……」


教室に響く声は俺のだけ。
目の前に座る生徒の殆どはあまり俺の話しに関心が無いようだ。
当たり前だ。
俺だってこのくそ暑い中、頭の中が茹だる様なこと説明したくない。
ここは白陵柊の教室のひとつ。
外は蝉が生きていることを主張している。
大体、なんで俺がこんな所でこんな事をしているかと言うと……

発端は全て香月夕呼先生である。


「あんた、夏休みは暇なの?」
「え!?はい……まあ」
「そう、じゃあ割のいいバイト、紹介してあげる」


この会話で俺は夏期休講中補講の講師に抜擢されてしまったというわけだ。
教科は当然のこと物理、そして何故か英語まで……


「まりもはあたしとの用事で忙しいから……その代わり、いいもの見せてあげる」


いいもの?とは……あまりいい雰囲気は無いのだが……
ついでに言えば先生の後ろの妙に膨らみのあるカーテンが俺に更なる不安を誘いますよ。

「フッ……(キランッ!!)」

何故か夕呼先生の目が光る。効果音付きで。
そんな不適な笑みは怖すぎます。

「アンタが最初の目撃者よ。活目しなさい」

そういってカーテンを左右に開いた。
そこに存在していたものは……俺は言葉を失ったね。

目の前に存在ましましている物体もとい生体は……

「いや〜……見ないで〜!!」

奇抜な格好をした神宮司まりも先生だった。
はっきり言えばコスプレだ。

「今回の有明はこれで決まりよ。フラッシュの嵐を独り占めね、まりも」
「いや〜〜〜」

高らかに謎の宣言をする夕呼先生。
「いや〜」と「見ないで〜」以外の言語を忘れてしまった様な神宮司先生。
ああ、見ているだけで頭痛い光景だ。
そんなやり取りを尻目に俺は準備室をさっさと退散した。



まあ、そんなわけで回想終わり。
時系列を今に戻す。

チョークを持つ手が汗ばんできたよ。
もう我慢の限界だ。

「ああもう止めだ。講義終わり!!」

教科書を閉じ……って教科書は学園指定のものではなく俺が大学で使っている参考書だ。
夕呼先生の授業は教育課程なんてそっちのけの唯我独尊だからな。
俺の声を合図に教室内の騒がしさが一ランクアップした。
では、ここからはその騒がしい学生面々の日常の一コマを会話調の台詞でごらん頂こう。





「さあ、終わった終わったぁ〜、さっさと帰ってエアコンの効いた部屋でヴァルジャーノンといきますか」
「ちょっと武ちゃん、まだ先生見てるよ」
「たけるさ〜ん、まだ静かにしといた方が良いですよ」
「鏡さんと珠瀬さんの言うとおりよ。白銀君!!まだ号令は終わってないの!!」
「ったく……委員長は事あるごとに口やかましいな。そんなんじゃ嫁の貰い手ねぇぞ」
「わっ、私はこのクラスの委員長として……、それにあなたなんかにそんなこと言われる筋合い無いわ!!」
「図星を指されて逆上……ふふっ」
「あ〜や〜み〜ね〜さ〜んっっ!!」
「ははっ、でねマラッカ海峡はね……」
「美琴……今、そんな話してねぇ……って彩峰!!俺を盾にすんな!!純夏、俺を助けろ」
「なんで私が武ちゃんを助けなくちゃいけないの?もともとは武ちゃんが悪いんじゃない」
「くッ……そうか……分かったよ、やっぱりどんなに長く同じ月日を過ごそうとも埋められない溝ってもんはあるんだな。
ならこの後俺が行なうことにも目を瞑っていてくれ」
「うわっ、チョット!!武ちゃん!?どうして私の腕を掴むの?っていうか、彩峰さんに押さえ込まれてるのにどうやって!?!?」
「まあ、そんな細かいことは気にするな。道連れだ、純夏」
「さっき埋められない溝とか言ってたじゃん、言ってること無茶苦茶だよ」
「いちいち細かいこと気にすんな」
「あなた達……私のことすっかり忘れてるでしょ」
「イヤだけど……激同意……」
「あわわわわ……」
「あはははは……」






てな感じで閑話休題。
台詞のみの見にくい表示は作者の力量不足なので生暖かい目で許してやってくれ。
で、ここに出てきた人物は計6人。
このクラスでも結構な中心人物達で俺が名前を覚えたのも早かった。
そりゃ、これだけ騒いでいて全員キャラが濃いからなぁ〜……

そんな嵐のような喧騒もあっという間に教室を飛び出し、各々の落ち着き場所へ去っていった。
別に空調が効いているでもないのに静寂だけで教室の体感温度は2、3度下がったように思えた。

「ふぅ……」



一息ついて誰もいない教室を教卓から見渡した。
少し落ち着いた気分で考えると自分でも驚くべきことだった。
まさかあれだけ白陵柊で何事にも無関心を通していた自分がこうやってこの場で生徒相手に教師ゴッコをすることになろうとは……
奇しくもこの教室は俺の三年時の教室。
自分が座っていた席を見てみる。
もし、あの頃の俺がそこに座っていて今の俺の授業を受けていたらどう感じるのだろうか?
興味無し?まぁ、当たり前か……
昔は当たり前の大人なんかになるもんかとか、そんな生意気な妄想をしていたけど今の俺は昔の俺から見て当たり前の大人に見えるのだろうか?
分からないけど、分かりたくもない。
今の自分を否定してまで昔の想像を、思い出を大切にはしたくない。
そんな想像、思い出、気持ちの上に今の自分がいる。
だから、今の自分が昔の自分を裏切っているとは思わない。
それで、良いだろ……
外では未だ蝉が喧しく鳴いている。
その短い一生を後悔すること無いように……自分がここにいると主張しているようだった。


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