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この小説を読むにあたって
どうもコンニチハ、子泣き丸です。
この小説はアージュ原作のPCゲーム「君が望む永遠」(以後、君のぞ)を題材とした二次創作小説です。
すでに一話、二話ほど読んでくださっている人は「どこが君のぞだか・・」と呆れているかもしれません。
君のぞを期待していただいた人々には本当に謝っても謝りきれません。
この小説は子泣き丸オリジナルのキャラを用いて君のぞの舞台を小説にしてみようと思ったものなので原作キャラの出番は少ない
かと思います。
これは君のぞのファンの方々には作品を汚す行為になるかも知れません。
それでも子泣き丸はこの小説を書きたいと思った理由は上に記したものの他にもう一つ動機があったからです。
それは子泣き丸がゲームのエンディングの一つ「水月エンド」に納得しきれないものを感じたからなのです。
(ここからから下は酷い事書いているかもしれないのでみたくない人は見ないほうが・・・)
ひどく歪な考え方かもしれませんがこのエンドの孝之、水月は遙、茜、それを取り巻く世界から逃げてしまったのではないかとい
うことです。
もちろん作品としてあの終わり方はとても綺麗で感動できるものですが、「水月エンド」の対極にあるエンド「遙エンド」とみる
とその違いに違和感を拭いきれないのです。
「水月エンド」で主人公の孝之は会社の正社員の職に就き、引越しもして水月と新たな生活を送るわけなのですが、どうしても子
泣き丸はこれが前向きな選択とは思えないのです。
子泣き丸にはこの主人公の行動が遙、茜から逃げるためにとったものに思えてしまうのです。
子泣き丸は水月を選んだ孝之の選択が間違っていたとは思いません。(間違いだと思ってしまったら「水月エンド」を根底から否
定してしまうことになるので・・・)
しかし、葛藤、苦悩の果てに水月を選んだとしても、いえ、そうして選んだのなら三年後の世界で孤独になってしまう遙に何が出
来るのか考え、行動にするべきだと思います。
たとえ、遙に拒まれたとしても・・・
3年間を待つことができずに水月を選んでしまった孝之、最悪の形で遙、茜と別れた水月、この二人が遙やそれを取り巻く環境に
対してできることは本当にわずかなものでしかありません。
第2部のラストの段階では、遙の心の傷を広げないように、遙に会おうとしない、という選択が間違ったものとも思いません。
問題となるのは、二人が遙の前から消えただけで、あとは遙と茜の“許し”を待っているだけ、という状態になってしまっていることです。
慎二(と茜)という、二人と遙を間接的にでもつなぐことのできるパイプが有ったはずですがこれが全く活用された形跡がありません。
活用しようとした跡もありませんでしたし、活用しようと考えた形跡も見られません。
遙に繋がるすべてを断ち切って、遙を完全な孤独へと追いやって、ただ、ほとぼりが冷めるのをじっと待っているだけです。
これでは遙の傷を広げない事を自己正当化のための理由として、遙の三年という孤独、苦しみを見ないようにしているだけです。
遙の苦しみが見えないところへ逃げただけ、とさえ見えてしまいます。
自ら犠牲になってくれた遙に甘えているだけとも言えるかもしれません。
孝之と水月は、自分たちの経験から知っているはずではないのでしょうか?人には支えが必要であるときがあることを・・・
その支えは目に見えるものだけでないということを・・・
(もちろん孝之、水月が遙のことをなにも考えなかったとは思いません。孝之も言っていたと思います。「水月との今の関係は遙
がいたからだ」と・・・)
遙と水月、ふたりの環境、状況の違いも無視することは出来ませんが、しかしそれでも「遙エンド」の遙は消息を絶った水月のた
めに、いつの日か心の整理をつけた水月が帰ってこられる「場」を孝之、慎二?とともに維持し続けます。
に対し、「水月エンド」での水月、そして孝之はまったくといってよい程何もしていません。
この「君が望む永遠」という話は孝之、水月、遙、信二の四人の友情が書かれたもので、そのなかで孝之、水月の関係性に特に主
軸が置かれています。(このふたりの友情、お互いの思いについてはSFDの「水月エンド」をプレイしていただくと、もっとよ
く分かると思います)
なので遙が水月にしたことがそのまま水月が遙に出来るわけではありません・・・
それでも孝之は遙に対して何か出来たはずではないでしょうか?
彼自身も三年前に遙という大切な人を失ったのなら、おなじく自分を大切な人としている遙がそれを失おうとしている、失ったと
きにどうなってしまうか想像できるはずです。
そして彼女に対して何が出来るのかを水月と一緒に考えられたはずです。
「水月エンド」の遙は悲惨の一言に尽きます。
三年という自分にとって空虚の時を押し付けられ、かつての恋人は自分にとって最高の親友に(悪い言い方ですが・・・)奪われ
てしまっていた。
しかし、それをも受け入れてせめて友情だけでも保とうとしたのに親友であった水月に核心を突かれ自分の隠そうとしていた気持
ちを暴かれてしまいます。
愛情も友情も失った遙・・・香月モトコ医師は「彼女は強い子よ。」と言っていますが、これだけ自分を構成していたものを失っ
てしまった彼女を見て「強い」なんて言葉を使う香月医師に不信感さえ抱きました。
遙は周りの人を心配させまいと「本当は強い遙」というハリボテの自分を演じていたのだと思います。
それがいつかは自分の為にもなるということを彼女は知っていたのでしょう。
そういう意味では確かに遙は「強い」人だと思います。
そんな遙が本当の自分を出せる相手が孝之であり、水月だったのでしょう。
それなのに彼女はその二人を失ってしまった。
彼女は何時まで経ってもハリボテの自分を演じ続けなければなりません。
何時の日かハリボテが真実になるまで・・・
物語の数年後、孝之はとある本屋で「ほんとうのたからもの」という絵本を偶然見つけます。その内容はまるで自分達を書いたよ
うに読める内容でした。
作者の名は“むらかみ はるか“
その名が遙のペンネームなのか、彼女がすでに誰かと結婚していたのか、もしくは赤の他人の名なのか(アニメ版を見る限りそれ
はなさそうでしたが・・・)なにはともあれ遙は自らの夢を叶えたことになります。
しかし、だからといってそれが遙から孝之、水月への事の終焉、決着を知らせるものだったのでしょうか?
子泣き丸にはこの絵本の伝えたかった思いは今まで出来事をひっくるめてまた友情を育みたい、または育めるというものだと思え
ました。
それは遥にとって彼らとの友情はかけがいの無いものであって、この先それと同等にまでなる関係を築きれなかったのではないで
しょうか?
ゲームの第2部の段階では、遙と水月は双方ともに孝之を必要としています。
しかし、二人の間には決定的な違いがあります。
水月は孝之しか“見ていない”のに対し、遙には孝之しか“いない”わけです。
水月には孝之の他に様々な救いの手が常にありました。自分の本当の思いを知っていた信二、会社という形で、上司や様々な人と
のつながりを保ち続けていたわけです。
ですが、遙は3年間の空白のために、社会とのつながりは断ち切られています。
遙が保護されているように見えるとすれば、それは病院の中だけに過ぎません。
病院という保護された空間から自分の知らない時間経過をした世界に放り出された遙。
その不安は想像しうるものではないでしょう。
「遙エンド」最後のほうの水月の最悪な精神状態は孝之、信二のおかげでなんとか自分を取り戻します。
しかし「水月エンド」での遙にそれらの手助けは期待できません。
遙と信二の繋がりは孝之、水月あってのものでそのふたりなくして遙、信二の繋がりは0に限りなく近くなってしまいます。
茜も「水月エンド」ではボロボロの精神状態です。
4人の友情を取り持つ手助けは難しいでしょう。(剛田との出会いがあった後は分かりませんが)
よって遙の助け、そして「遙エンド」とまではいかないまでも4人の友情を再び取り戻すためには
1、遙にとって孝之たちと同等、もしくはそれ以上に大切になりうるもの
2、遙の事故のことを知っていて、彼女らが過ごした苦しかったあの八月を間接的にでも知っている
3、遙、孝之、水月、信二と多少なりとも付き合いがあった
4、孝之が遙を事故で一時的にしろ失った悲しみを自らの経験で体験していること
5、大切なものを失ってからどのように過ごしたかの描写があるもの
6、友情の大切さを知っているもの
7、遙のことが好きであること
8、別れ、決別したとしてもそのことから隠れ、逃げることが間違いであると知っている
などの要因を持つ者でなくては遙、孝之、水月、信二を再び出会わせることは出来ないと子泣き丸は考えています。
(何も知らないで突き進むような者でも悪くはないけど・・・剛田とかはそういうタイプ)
そこで目を付けたのが「むらかみ」という姓です。
もちろんこの名が涼宮 遙の絵本作家のペンネームなのか、それとも結婚後の姓改名によるものなのかは推測の域をでません。
この「むらかみ」という姓が遙の新たな大切なものを見つけた証と確定づけるのには難しいものもあります。
もし、遙がなんらかの形で「むらかみ」なる人物やその他の人物と新たな人間関係を作り上げたとすればそれこそを大事にし、
過去のものになりかけている4人の関係を綴った物語となる絵本を「ほんとうのたからもの」という題で書かず、新しい人間関係
について書くような気もしないでもないのです。
(過去の決着をつけるため、と考えてしまってはあまりにも悲しいです。)
もっとも信頼していた恋人と親友を同時に失った遙が立ち直るためには作中でも語られているように「時間」しかないのかもしれません。
心の傷は周りの人がどんなに励まそうと当の本人が自分のなかで整理して納得することでしか癒すことが出来ないのかもしれません。
“時間を優しくするも残酷にするも全てその人自身”
それが「君が望む永遠」においてもっとも大きなテーマになっています。
しかし、遙と孝之が別れたあとの時間が優しくなったのか残酷になったのかはほとんど描かれていません。
孝之は本当に遙が思ったような「やさしい人」なれたのか?
遙は孝之、水月を失ったあとどのように三年後の世界を過ごしたのか?
もし本当に「むらかみ」という姓をもつ人物がいたとして、彼(もしくは彼女)はどのような形で遙と人間関係を紡いでいったのか?
「むらかみ」なる人物はどのような性格でどんな人生を送ってきたのか?
その「むらかみ」はどのような思いで遙とつきあっていたのか?(ここでのつきあいは恋愛とは違います・・・って分かりますよね)
そんなことを考えていたらこの小説を思いつきました。
ここまでの考えは私の一個人の勝手な想像、妄想によるものでこれを読んで気分を害された方もいるでしょう。
こんな小説を書くことは「君が望む永遠」を汚すことになるのかもしれません。
でも少し自己弁明させてもらえば子泣き丸はこの作品はとても好きですし、水月も遙も同じくらい好きです。
彼女らがつくりだす物語はとても感動的でした。
泣きそうにもなりました。
でも、だからこそ「水月エンド」での終わり方に納得がいかないのかもしれません。
「遙エンド」、君のぞSFDでの「遙エンド」「水月エンド」のように彼女ら4人には別れたままの終わりになってほしくないのです。
とてもまとまりの無い終わりですがこのまま続けてもダラダラ繋がるだけなのでこの辺で終わりにさせてもらいます。
この小説を書こうとした経緯が少しでも理解してもらえれば嬉しい限りです。
気分を害された方は平に謝らせてもらいます。
また、この文章を書くにあたって構成や部分的な文章を借りさせて頂いた外道竜神さんのサイトには感謝してもしたりないぐらいです。
(文章が似てる、もしくは同じじゃないか!!と思われた方もいたかも知れませんが、それだけ子泣き丸が外道竜神さんの君のぞに対する
考えに共感した結果ととっていただけるとありがたいです。)
外道竜神さんのサイトはこちらから
ここまで読んでくださった皆さん本当にありがとうございました。
2005/09/16 子泣き丸
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